このように音声入力が当たり前となり対応デバイスが普及すると、いずれは家庭に存在する複数のアレクサ端末を横串で管理できるAIが必要となる。すなわち、音声入力を一元化するためのバーチャルな家庭用AIコンシェルジェで、日用品のメンテナンスから病気の時などの非常時の相談、ファッションをはじめとするエンターテインメントの提案、時には家計の管理まで全て賄ってくれるような存在だ。もしかしたら、私たちが幼いころ想像した“ドラえもん”のような便利な家庭用ロボットは、目に見えない「声」の集合体として我々の前に現れようとしているのかもしれない。まさに時代はアンビエントコンピューティングの幕開けに位置するのである。
以上のような消費者の多様化、そしてデジタルライフにおける音声革命は、企業の競争環境にどのような変化をもたらすのであろうか。第1に、アンビエントコンピューティングにおけるプラットフォーマー企業の強大化である。今後音声認識可能な端末が普及すると、それらは常時家の中の声を聞いているため、消費者の自宅での行動パターンを全て蓄積可能となる。企業は、これらの情報を商品開発やマーケティング/プロモーションに活用し、多様化する消費者に対してきめ細かいサービスを提供できるようになる。すなわち、消費者が多様化すればするほど、音声情報が蓄積されるプラットフォームの技術・製品を提供する企業は相対的に力を得ていく。
蓄積された情報をメーカーや広告会社に提供するマーケティングプラットフォーマーとしてのビジネスも展開できるし、アマゾンのように蓄積されたデータを生かしたプライベートブランドに注力するというオプションもある。すなわち、あらゆるメーカー、リテーラー、広告代理店が頼らざるを得ないプラットフォーマーが生まれるのだ。現在この領域はアマゾン、グーグル、アリババなどが覇権を争っているが、勝った企業がバリューチェーンにおいて強大な力を持つことは想像に難くない。一方、このようなパワーバランスの変化に伴い、多くのメーカーが苦境に立たされる。特に、ブランド力ではなく、どちらかというとチャネルや営業に頼って売り上げを作ってきたメーカーほど苦しい。消費者の購買行動がよりネット(音声)にシフトするなかで、下位メーカーには消費者に選ばれるスイッチングの機会がリアル/ネット双方で減り、上位ブランドやPBがシェアを獲りやすい環境になるからである。
第2に、小売りの存在意義の低下である。一部の消費者セグメントにおいては「小売り」という概念すら無くなる可能性もある。音声による購買が当たり前になると、それは自らモノを「買う」というよりはAIコンシェルジェに購入を「頼む」という感覚が近くなる。それは、最終的に自らクリックボタンを押して購買している現状とは、大きなジャンプがある世の中になると筆者は見ている。例えば、1章でご説明した「先進・革新志向層」の中でも若年層においては、モノを「買う」という行為が「頼む」に置き換わっていく。シェアリングやレンタルのような消費行動もより一般化していく。このような中で、買うという決済プロセスが必要なトラディショナルなリテールはクールじゃないと敬遠するセグメントが増えるだろう。
既に、米国では小売り業の崩壊が始まっている。メイシーズやJCペニーのような百貨店、シアーズ、Kマートといった小売りの他、ショッピングモールに展開するアパレルブランドの大量閉店が始まっている。ショッピングモールにおけるリアル店舗での購買体験が、一部の消費者セグメントにとってユーザー体験としての魅力が薄れていることの証である。リアル店舗で歩き回るよりも、アレクサと話しながらいろいろなファッションを提案してもらった方が楽しい、どうしても試着をしたい場合のみ店舗に行く(いずれこの部分もVRなどに侵食されるかもしれない)というような消費者は、米国では既にたくさん存在しており今後日本でも増えていく。小売りが生き残るためには、リアル店舗でしか体験できないユーザー体験とは何かを、ローカル(立地)の特性を読み解いたうえで、商品展開、空間、顧客サービスなどあらゆる観点で追求していくことが不可欠である。
そして最後に、広告・メディアミックスの変化である。インターネット広告は、2016年に初めて媒体費のみで国内1兆円を超え、国内ではテレビ広告費の約半分、広告費全体の5分の1を占めるまでに成長した。しかしながら、グローバルでは両者の差は既に埋まっており、今年中にはインターネット広告がテレビを抜くのは確実だ。日本では、これまでフォロアー層の存在や消費者の多様化の遅れにより、テレビが圧倒的に強かった。しかしながら、これからの10年は様相が変わる。2027年には、フォロアー層の中心であった団塊の世代は80歳を超え市場からいなくなる。
デジタルネイティブで多様な価値観を持つ消費者が市場の中心となる中では、日本でもネット広告がテレビを超え、従来とは異なる広告・メディアミックスが必要になる。加えて、アレクサ家電やIoT端末の広がりにより、ネット広告そのものも大きく進化していく。リスティング広告の覇者グーグルでさえ盤石ではない。検索の在り方が音声革命により変わってしまうかもしれないからだ。だからこそ、音声認識インタフェース争いで、いち早くグーグルホームをリリースし、アマゾンと真っ向勝負でしのぎを削っている。これからの企業・マーケッターは、ターゲットセグメントと効果的なメディアミックスに対する理解と、感性ではなく数理的なアプローチが従来にも増して必要となる。
過去10年間を振り返ってみると、スマートフォンやSNSの浸透などインパクトの大きい変革はデジタル分野に多かった。今後の10年間も同様に、音声・対話AIなどデジタルにおける革新が続くことは想像に難くない。しかしながら、過去10年間と異なり今後もう1つの大きな地殻変動として特筆すべきことに、消費者の多様化に伴う市場構造の変化がある。あと数年でガラパゴスとやゆされつつも戦後の日本市場を支えてきたフォロアー層が本格的に市場から退出していく。フォロアー層で飯を食ってきた企業はビジネスモデルを抜本から改めないと縮小均衡サイクルから抜けられなくなるだろう。これは、銀行、大手生保、住宅メーカー、百貨店、GMS、アパレル、大手化粧品・トイレタリー、食品・飲料、大手メディアなど、業種横断的に多くの内需型大企業が直面する課題である。これらの変化にどのように対応するか、どのようにして脅威を機会に変えていくのか、企業としての変化への対応力が10年後の成否を左右する。
▼福田稔(Minoru Fukuda)
ローランド・ベルガー プリンシパル
慶應義塾大学商学部卒、欧州IESE経営大学院経営学修士(MBA)、米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院International MBA Exchange Program修了。電通国際情報サービスを経て現職。シタテルの戦略アドバイザーを務める。
消費財、小売り・流通、サービス、ラグジュアリーブランド、総合商社、製造業等を中心とした幅広い業界において、成長戦略、ブランド戦略、グローバル戦略、デジタル戦略、コスト削減、ターンアラウンドの立案・実行を数多く支援、多くの実績を持つ。また、上記の業界において、国内外のPEファンドに対するデューデリジェンス支援、投資後の経営改善支援や、経済産業省の“服づくり4.0” をはじめとする官公庁への支援経験も豊富
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授