余った電気は過度にため込まずに、原則使いきってしまおう。しかも、無駄使いすることなく、地球環境や社会にプラスになる形で、新しい用途・価値を創り出してしまおう。そんな夢物語を実現する手段の一つとして注目されているのが、ジオ・エンジニアリング(気候工学)を用いたアプローチである。
エネルギービジネスの従来発想では、発電から電力消費に至るプロセスでの温室効果ガス発生を抑制する、同じ電力量で利用価値を増大させる(省エネ)といったアプローチが取られてきた。他方、ジオ・エンジニアリング的な発想では、温暖化のみならず、地球環境を安定させるために、人為的・工学的に気候条件を操作することを目指している。
狭義で捉えると、CO2や太陽熱の影響を緩和すべく、例えばCCSのようにCO2を回収して地中に埋めたり、人工的に雲をつくりだして大気の冷却・降雨をもたらしたりといった具合だ。特にCCSは、既に大手重工メーカーなどで開発・実証実験が進んでおり、IEA(国際エネルギー機関)は、2050年までに温室効果ガス約60億トンの削減効果を期待している。
ジオ・エンジニアリング的手法の魅力は、広義に捉えることで事業機会や差別化ポイントを拡げられる点にある。回収したCO2を地下に貯留させることなく、食物工場に送りこむことで光合成を促す肥料的な使い方をしたり、高温プロセスで水と合成することでディーゼル燃料をつくりだしたりするような事業開発に拡げていける可能性を指している。
さらに、お風呂の水をかき混ぜると温度が下がる原理と同じく、海洋で冷たい深海の水を表層までポンプにくみ上げれば、地球を冷やす効果も期待できる。これだけでは収益化は難しいが、海洋温度差を用いた発電、栄養分豊富な海洋深層水を用いた養殖事業への活用、地域冷房への利用など、幅広い副次効果を狙っていくことでビジネスの魅力度を高める選択肢が拡がる。(図A参照)
価値転換・多元化に向けた柔軟な発想ジオ・エンジニアリング的アプローチは、解決策の幅広さと周辺産業への波及効果から、閉塞感あるエネルギービジネスを打破しうる可能性を秘めている。他方、コストが掛かり過ぎる、地球環境に良くても収益性が不透明、そもそも気候変動に直接的にアプローチすることでの副作用やその制御に対する不安がある、など課題・批判も多い。
環境問題への対処のみならず、世界人口増に伴う食糧・水不足といった地球規模の課題も念頭に置き、広義のジオ・エンジニアリング的アプローチを用いると、前述の通り、CO2を肥料として再活用したり、海水で養殖の効率を上げたりすることで課題解決が図れる。さらに、余剰電力を食物工場の設備電源・光源等として農作物生産につなげれば、電力を食糧に転換することもできる。現下の電力コストで考えれば夢物語かもしれないが、変動費(原料費)の低い再エネ比率が高まり、食糧危機に伴う食品価格高騰が起きれば、現実性も高まるだろう。
エネルギー・電力の価値をゼロベースで見直すことで、食糧に限らず次なる価値転換の可能性を見いだせる。実際、産業界では水面下で緩やかに動きつつあるようだ。コロナ禍で社会構造が激変しつつある現状だからこそ、未来志向でエネルギービジネスを構想し、バックキャスティング発想で今手掛けるべきことをじっくり考えてみてはどうだろうか。
五十嵐雅之(Masayuki Igarashi)
ローランド・ベルガー パートナー
早稲田大学理工学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(経営学修士)。米系コンサルティングファーム、国内系シンクタンク、三菱商事株式会社を経て現職。総合商社、産業機械、プラント・エンジニアリング、インフラ・建設、リース等を中心に、事業戦略立案、新規事業開発、M&A戦略・デューデリジェンス等のプロジェクト経験を豊富に持つ。異業種をつなぐことによる新たな価値創出・ビジネスモデル開発を志向したテーマに数多く従事。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授