企業変身を妨げる6つの壁を超克する〜変化を味方に “Change is the New Normal”〜視点

「海図なき航海」の時代。荒波を乗り越えるため、企業が打破すべき6つの壁とは。

» 2020年10月26日 07時01分 公開
[田村誠一ITmedia]
Roland Berger

海図なき航海

 米調査会社Forrester Researchの調査によれば、外部環境変化への適応力の高い企業は、業界平均に比し3.2倍速い売上成長を実現しているという。DX(Digital Transformation)を推進するうえで最も大切なスキルは、IT知識でも、コミュニケーション力でも、顧客起点の問題解決力でもなく、変化適応力だというハーバード・ビジネススクールの調査もある。デジタル・ディスラプターが事業モデルを一変させるVUCA(注1)の時代。「海図なき航海」の時代。荒波を乗り越えるため、企業が打破すべき6つの壁を共有する。(図A参照)

(注1:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性))

図A:企業変身を妨げる6つの壁

第一の壁:“WHY”への過度な拘泥

 「変わらないことのリスク」を否定する企業はない。答えるべき問いは「変わるべきか否か」ではない。「いかにして変わるか」だ。ところが、先人の功績への配慮なのだろうか、経営会議は“WHY”(なぜ変化が必要なのか)の議論に多大な時間を費やす。

 議論すべきは“WHY”でなく“HOW”。もちろん、「WHY不要論」を唱えたいわけではない。「ゴールデンサークル」(注2)の否定でもない。行動変容が“WHY”から始まることは論を俟たない(ろんをまたない)。しかし、経営会議は別だ。“WHY”の「再」確認やホラーストーリーの定量化に時間を費やすべきでない。変革の実務にダイレクトに斬り込んでいかなければ、デジタル・ディスラプターの後塵を拝するだけだ。

(注2:Simon Sinekが2009年のTEDカンファレンスで提唱した、優れたリーダーは、“WHAT - HOW -WHY”でなく“WHY - HOW - WHAT”の順で伝えることで相手に行動を促す、とする理論)

第二の壁:結晶化と抽象化の混同

 抽象化議論にも要注意だ。“カタカナ禁止”とか、“具体例で示せ”と言いたいのではない。本質に斬り込んでいるか、だ。結晶化(クリスタライズ)と抽象化を履き違えてはならない。結晶化とは、事実やデータから「キモ」となる部分をえぐり出し、研ぎ澄ますこと。角(カド)を切り落とし、オブラートに包むことではない。結晶化には勇気が要る。勇気を避けると抽象化のわなに陥る。結晶化できれば変革は前進する。抽象化に逃げると混乱が増幅する。戦略を抽象化せずに結晶化できているか。どこかで聞いた曖昧表現にとどまっていないか。経営者は自らに問い続けなければならない。

第三の壁:ポジティブ思考のわな

 企業は変革に対して前向きでなければならない。だが、経営資源は有限。やみくもに突っ走っては、目標に到着する前に必ず息切れする。今日の顧客欲求を満たしつつ、明日の顧客要望に備えるのが企業経営。変えるべき領域と変えざるべき領域は常に併存する。「両利きの経営」(organizational ambidexterity)とは、矛盾をマネジメントする経営のこと。前向きか後ろ向きかの選択ではないし、中庸を採るのでもない。避けられない変化だからこそ、大胆な試行を慎重に重ねる繊細さが肝要だ。

第四の壁:失敗礼賛主義の興隆

 近年の経営キーワードの一つ、「失敗を許容する文化」。積極的に失敗を許容することがイノベーションを生む。挑戦なくして成功なし。成功の陰には10倍の失敗がある。これらは全て真実だ。だが、失敗を礼賛するあまり、失敗することが目的化していないか。事業の目的はあくまでも成功であり、失敗ではない。失敗は、正しく特定され、正しく分析され、正しく学習されてこそ意味を持つ。「正しく」とは何か。確証バイアス(注3)可用性バイアス(注4)、アンカリング効果(注5) など、さまざまな認知バイアスに惑わされない、ということ。人は、失敗を表面的に分析して将来に当てはめたところでイノベーションが生まれるはずもない。失敗の本質を掘り下げて解釈できてこそ、成功の種が見つかるのだ。

(注3:自説や信念に反する情報を無視してしまう心理)

(注4:回想しやすい情報を過大視してしまう心理)

(注5:先に示された情報に判断が左右されてしまう心理)

第五の壁:不安定に対する不安

 「変革」(Transformation)という言葉から何を想像するだろう。変化を乗り越えた先に安定した状態が訪れる、と考えていないか。DXしかり、CX(Corporate Transformation)しかり。だとすれば、それは大いなる勘違いだ。市場や顧客は変化し続けるし、競争環境の業際化は止まらない。従い、企業もまた変化し続けなければならない。それが「変化適応力」。変革の先にあるのは安定ではない。「観察(Observe)―推論(Guess)― 試行(Test)」ループが組織の神経系統の隅々にまで行き渡り、変身し続けている状態だ。“今回の変革はいつ終わるのか”、と問われたらこう答えよう。“Change is the New Normal. (終わったら負け)”。

第六の壁:リーダーシップへの誤解

 企業を企業たらしめる要素、「パーパス」と「ビジョン」。前者は存在意義であり原点。後者は目標であり、方向性。原点が定まってこそ自社の独自性が共有できる。方向性が見えてこそ前進できる。「海図なき航海」の時代、“北北東27度に進め” とはいえない。しかし、北極星は必要だ。「パーパス」と「ビジョン」が社員一人一人の役割に翻訳されたとき、企業は「生き物」になる。船長の仕事は、命令でも放任でもない。かといって、率先垂範でもない。自ら「コンフォートゾーン」を飛び出し、船員を信頼し、試行に投資し、結果を科学することだ。“ Culture eats strategy for breakfast. (企業文化は戦略に勝る)”。

著者プロフィール

田村誠一(Seiichi Tamura)

ローランド・ベルガー シニアパートナー

外資系コンサルティング会社において、各種戦略立案、及び、業界の枠を超えた新事業領域の創出と立上げを数多く手掛けた後、企業再生支援機構に転じ、自らの投融資先企業3社のハンズオン再生に取り組む。更に、JVCケンウッドの代表取締役副社長として、中期ビジョンの立案と遂行を主導、事業買収・売却を統括、日本電産の専務執行役員として、海外被買収事業のPMIと成長加速に取り組んだ後、ローランド・ベルガーに参画。


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