2つ目の話も、アートに触発されてスモールハピネスの射程を広げる話です。
もともと、典型的なスモールハピネスは、ジグソーパズルの例で示したように、何かと何かがつながるときに生じるということでした。ところが、最近、私はある人の舞台パフォーマンスを鑑賞して、「つなぐ」ときだけでなく、つなぎから「解放される」ときにもハピネスが生まれることに気付きました。そのパフォーマンスとは、上西隆史さんの「鉄棒とアート」です。(YouTubeで「AIRFOOTWORKS Show at HADO SUMMERCUP」を検索してみてください)
上西さんは、舞台上の鉄棒で懸垂した状態で、全身、特に足・下半身を自由に動かします。足・下半身の動きだけ見ていると、重力から解放されて、空間を自由に動くようです。上西さんのパフォーマンスは空中を自由に歩く「エアダンス」と呼ばれています。上西さんがハピネスを感じているかは分かりませんが、彼のパフォーマンスに感情移入した私は、重力的なつながりから解き放たれて空中を自由に歩くエアダンスをすることにハピネスを感じました。
パフォーマンスを見終えて、帰りの電車の中で舞台の余韻にひたりながら、ふと、空中を歩くエアダンスの体感を、どこかで味わったことがあるような気がしてきて、思いを巡らせていると、「できるだけゆっくり歩く『スローウォーク』」という方法を習ったときに得た体感だと思い出しました。その昔、私はヨガ系の瞑想法にのめりこんでいたことがあり、スローウォークもその行法の一つとして習いました。当時、スモールハピネスという考えはまだ存在していなかったので、スローウォークはスモールハピネスとは無縁でしたが、上西さんの空中を自由に歩くエアダンスと同じく、スローウォークもスモールハピネスとつながるだろうとあたりをつけました。
帰宅後早速試してみると、案の定、スローウォークでスモールハピネスを味わうことができました。エアダンスは上西さんならではの高度なアートで簡単にまねすることはできませんが、幸い、スローウォークは歩ける人であれば誰でもできます。これからその方法を紹介します。
ポイントは、片足を地面から上げて下すまでの間、自由を味わっていることです。
その間、雲の上をふんわりスローモーションで歩いていると想像することで、空中を歩くエアダンスをしているような気分になれるかもしれません。さらに、十分速度を落とし、力を抜いて、バランスをとれるようになると、無重力状態的なムーブメントを味わうことができるようになるでしょう。そこまでうまくいかなくても、片足立ちで動くので、きちんと減速すれば必ずバランスが崩れそうになりますから、宙づりのサスペンス状態を味わえるはずです。
地面に着地するときにもハピネスが生じます。着地とは地面と「つながる」ことだからです。これは何かとつながるという、もともとのスモール・ハピネスのパタンです。また、反対の足を上げるときに、床との「つながりから解放される『瞬間』」にもハピネスが生じます。
順序をいれかえてまとめると、(1)離れるときと(離陸)と、 (2)離れている間(自由)と、(3)地面とつながるとき(着地)、の3つのモードでハピネスを味わうことができます。つまり、スローウォークを行っている間中、必ず、どちらかの足が、この3つのモードのいずれかになっていて、その意味ではずっとハピネスを味わえていることになります。
ここで上西さんのパフォーマンスの話に戻ると、鑑賞時には、エアダンスしているときのハピネス、つまり足が地上から離れて自由に動いているときのハピネス3つのモードの(2)のみを想像していました。しかし、紹介したスローウォークの経験を補助線的に引いてみると、「着地」や「離陸」の際にもハピネスを得られる可能性が見えてきます。
すなわち、上西さんのエアダンスを可能にしているのは、懸垂によって鉄棒とのつながりであり、このつながりがいわば命綱です。そのことに気付くと、つながっていてよかった、という有難さを伴う安堵感にも似たハピネス感情がわいてくるでしょう。しかも、鉄棒と懸垂でつながり続ける上半身や腹筋のたくましい美しさは、並外れた筋力と精神力を象徴し、負荷に耐える充実感にもつながっているでしょう。離陸については、パフォーマンス開始時に足が地面から離れるときと、パフォーマンス終了時に手が鉄棒から離れるときが相当し、前者は緊張感を伴うハピネス、後者は解放感を伴うハピネスに通じているでしょう。
さて、空中を歩くエアダンスとスローウォークから得られた、離れるハピネス、自由でいる間のハピネス、つながるハピネスという3点セットは、一般化することができます。
毎日、会社などに通っている人が多いと思いますが、1日の仕事が終わって帰宅するとき、会社との「つながりから解き放たれる」ハピネスを味わうことができるでしょう。そして、解き放たれてから翌日また出勤するまでの間、自宅などにおいて「自由」というハピネスを味わうこともできるでしょう。他方で、解き放たれることで生じるハピネスは、その前提として会社につながっていることが必要です。思い返せば、会社に入れたとき、つまり会社と初めてつながったときにもハピネスを味わったはずです。
さらに、働くこと自体が楽しい人にとっては、毎朝、出勤時に、仕事や職場とつながり直すたびにハピネスを味わうでしょう。そして実際に働いている間も、さまざまなつながりを得たり、能力を発揮したりして(上西さんの懸垂に相当)、ハピネスを味わうでしょう。
いずれにしても、時折、数歩のスローウォークを試みて、普段の仕事や生活で見過ごしがちな、離陸(離れること)、自由(動きまわること)、着地(=つながること)のチャンスへの気付きを取り戻してみてはいかがでしょうか。付言すると、離陸、自由、着地は、毎日繰り返すわけですが、天候を含め毎日条件は異なりますから、毎回新鮮なハピネスを味わうことが可能です。
本名、山本成一。学芸大学付属高校卒、東京大学法学部卒業後、外務省に入省。エジプトと英国留学、サウジアラビア駐在等を経て、人材・組織コンサルタントに転身。外資系コンサルティング企業3社を経て独立する。専門は企業組織・人材のグローバル化・デジタル化プロジェクト。
また、ビジネスブレークスルー大学と東京工業大学大学院でリーダーシップ論の講義を担当。人材・組織論を中心に20冊余りの著作がある。近著は『破壊的新時代の独習力』(日本経済新聞出版)
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授