社会人として大事なのは「純粋さ」と「ポジティブなモチベーション」――トヨタファイナンス 梅原明氏「等身大のCIO」ガートナー 浅田徹の企業訪問記(2/2 ページ)

» 2025年07月29日 07時08分 公開
前のページへ 1|2       

デジタルを活用して業務を効率化するデジタル・ワークプレイスを推進

――大切にしている信条、価値観、言葉などありますか。

 「純粋さ」と「ポジティブなモチベーション」が大事だと思っています。会社から給料をもらっている以上は、仕事に対する責任感や義務感は当たり前に持っておくことが必要です。加えて仕事で人の役に立つことが重要で、自分が出世するための手段になると「純粋さ」が失われます。また、人は達成感があるから頑張れるのであって、それが「ポジティブなモチベーション」につながれば、頑張ることが努力ではなくなり、喜びになります。だからこそ「純粋さ」と「ポジティブなモチベーション」の2つが重要になります。

 そのためには、自分が役に立ったという体験をするしかありません。これにより次も役に立ちたいと思うようになります。周りの人の役に立つこととして何をしたいかを、10人の部下に聞いたときに約半分が「ありません」と答え、そのうち2人は「仕事とはそういうものではない」「仕事は与えられたことを果たすのもの」と答えました。しかしこの2人は、責任感、義務感の塊で、めちゃくちゃ頑張って仕事をしています。私自身は、義務感だけであそこまで頑張れません。

 その後、1人はやりたいことを話してくれましたが、「もし失敗したら」とか、「部下から反発されたら」といった不安があったようです。これは自分の高校時代の挫折と同じ感覚で、本当はやりたいけど怖いからやらない、でも自分では怖いことを認めたくないので仕事とは与えられたことをやるものだという言い訳をしていたのではないかと思っています。その部下には、周りから非難される覚悟がないと「なんでも痛がる痛がり屋」になってしまうという話をしました。

――現在のビジネス上の課題について聞かせてください。

 ITシステムのスコープでは、レガシーシステムの刷新や、ウォーターフォールからアジャイルへの移行、内製化など、さまざまな取り組みを進めています。それに合わせて、人材育成や風土改革なども進めています。時代とともに、さまざまな課題がでてきますが、持続的に成長する組織を目指しています。持続的成長は足し算であるべきですが、3歩進んで2歩下がるといった状況でした。こうした状況を防ぐには風土づくりが重要になります。マネジメントが代わっても風土が変わらない仕組みづくりも必要です。最終的には、全ての取り組みが人につながります。

 風土の部分では、3〜4年前からIT推進本部が中心となり、ガートナーが提唱するチャットやデジタルコミュニケーションなどを活用して業務を効率化するデジタル・ワークプレイスに取り組んでいます。現在、当たり前のように、いつでも、どこでも、気軽にデジタルコミュニケーションを行っていますが、ある部下が昔ながらのコミュニケーションの部署に異動になったときに、デジタルによるコミュニケーションという常識が通用しないと嘆いていました。デジタルコミュニケーションができる部署とできない部署では、同じ会社でも常識、非常識のレベルの感覚の違いになっていることを痛感しました。

IT部門だからこそ、ITを活用した新たなビジネスを考えることも必要

――今後のIT部門、CIO、ITリーダーのあるべき姿をどのように考えますか。

 これからの人材には、「達成感」と「純粋さ」で頑張ることを期待しています。達成感は、自分のためのものです。純粋さは周りに純粋に価値を提供することで、人の役に立てる、自分は存在してもよい、自分には価値があるということを感じることができます。

 IT部門の観点では、これまでは受託的な、縁の下の力持ちというイメージでしたが、これだけデジタル化が進んでいるので、「サービス=デジタル」「デジタル=サービス」という、本当の意味でのビジネスとITの一体化を目指すことが必要です。IT部門だからといって要求に対して応えるだけでなく、IT部門だからこそ、ITを活用してどのようなビジネスが生まれるかを考えることも重要です。

――最後にこれからのIT人材にメッセージをお願いします。

 ある人が、大学生から就職先としてどの会社を選ぶべきかを相談されたときに、会社ではなく職種を選ぶべきだと話しています。その人曰く、人は「人と話すのが好き」「考えることが好き」「複数で何かをやるのが好き」という3つに分類されるので、人と話すのが好きな人は営業職、考えるのが好きなら企画部門など、自分の適性で職種を選ぶことが強みを生かすことになると話しています。

 苦手な職種で勝負しても、なかなか芽は出ません。会社なので、必ず自分の好きな職種につけるわけではありませんが、職種という目線でキャリアプランを描くことは重要です。突出した強みがあったほうが望ましいですが、平均して全てのレベルを上げていくことも必要です。コミュニケーションは苦手でも、一定レベルのコミュニケーションは必要です。

 IT部門は頭脳労働なので、考える力は絶対に必要です。とにかく思考を止めず、部下には「分かったと言うな」と話しています。「分かった」というと思考が止まってしまうからです。1度出した答えでも、第三者になって自分の出した答えが本当に正しいかを考えることも必要です。本当に好きなことであれば、努力ではなくなり、苦でもなくなります。これが最終的には自分自身の強みになります。

対談を終えて

梅原さんはひと言で表現すると「考える人」です。常に何かを考えておられます。そうした姿勢が、対談でお話しになった深い知見に繋がっていると思います。しかも、梅原さん、ほとんど書籍というものを読まれないんです。自己啓発本マニアの私は、梅原さんとの6年のお付き合いのなかで、森岡毅、岸見一郎、ドラッカー、カーネギーなど、何冊もお勧めしてきたのですが、1冊だけ読んでいただけました。基本、梅原さんは、ご自身の経験や人との対話などから材料を得て、後はご自身で考え抜かれます。こうした「考える」姿勢は、情報が氾濫し、生成AIが急速に人間の知的活動を代替していくなかで、人間にとってますます重要になると思います。「考える人」梅原明氏の思考を堪能したひとときでした。

プロフィール

浅田徹(Toru Asada)

ガートナージャパン エグゼクティブ プログラムリージョナルバイスプレジデント

2016年7月ガートナージャパン入社。エグゼクティブ プログラム エグゼクティブパートナーに就任。ガートナージャパン入社以前は、1987年日本銀行に入行し、同行にて、システム情報局、信用機構室、人事局等で勤務。システム情報局では、のべ約23年間、業務アプリケーション、システムインフラ、情報セキュリティなど、日銀のIT全般にわたり、企画・構築・運用に従事。とくに、日本経済の基幹決済システムを刷新した新日銀ネット構築プロジェクト(2010年〜2015年)では、チーフアーキテクトおよび開発課長として実開発作業を統括。2013年、日銀初のシステム技術担当参事役(CTO:Chief Technology Officer)に就任。日銀ITの中長期計画の策定にあたる。

2018年8月、エグゼクティブ プログラムの日本統括責任者に就任。

京都大学大学院(情報工学修士)および、カーネギーメロン大学大学院(ソフトウェア工学修士)を修了。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ITmedia エグゼクティブのご案内

「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上

アドバイザリーボード

根来龍之

早稲田大学商学学術院教授

根来龍之

小尾敏夫

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

小尾敏夫

郡山史郎

株式会社CEAFOM 代表取締役社長

郡山史郎

西野弘

株式会社プロシード 代表取締役

西野弘

森田正隆

明治学院大学 経済学部准教授

森田正隆