次に行うべきことは、上司を不意打ちから守ることだ。
1961年、米国は国家の安全保障確保のため、キューバに侵攻した。それはケネディ政権がスタートして日が浅く、政府として完全に機能するのに至っていない時のことだった。閣僚やスタッフの意思疎通は不十分なまま、しっかり検討が行われていない状態で作戦の実行に踏み切った。しかし、米国軍はキューバ軍に撃退され、作戦は失敗に終わった。
反戦派だったケネディ大統領が、積極的に攻撃を仕掛ける作戦に出たことに、周囲は、「何があったのか?」と驚いていた。後日、アメリカの情報機関のトップであるCIA(Central Intelligence Agency)のダレス長官が、ケネディ大統領に事実と異なる報告を行い、大統領を戦争に誘導していた事実が判明した。
ケネディ大統領は、現場から上がってくる報告に対して逐次、指示を出していたが、時間の経過とともに自分に届く情報の正確さに疑問を持ちはじめた。彼は閣僚を一同に集めて、報告内容がどこまで正しいかを確認した。すると、自分に上がってきた情報は、事実とかなり食い違っている、ということが分かった。ケネディ大統領は、自分が出した指示の修正に追われる羽目になってしまった。
ホワイトハウスにいた何人かの報道関係者は、彼の姿を見て「大統領が指示を二転三転させていること」を記事にした。それを新聞で知った国民は、「自分が出した指示をころころ変える、そんな優柔不断な大統領にこの国を安心して任せておけない」と思った。ケネディ大統領は、記者会見で痛烈な非難を浴びた。彼は、責任のあることについて不意打ちされ、恥をかかされ、傷つけられたのだ。
ドラッカーはこう言っている。
上司を不意打ちから守ることである。ビジネスの世界にうれしい不意打ちはなく、責任のあることについて不意打ちされることは恥をかかされ、傷つけられることになるからである。ピーター・ドラッカー
どんなに緊急性の高い報告とはいえ、部下からすれば、深夜に上司に連絡することにためらいがある。だが、そのためらいが、連絡の速さを損ねることになりかねない。
例えば緊急性の高い情報については、「深夜であろうと直ちに携帯電話で一報しなければならない」と決めておくことによって、連絡する側も連絡しやすくなる。上司に「私は聞いていない」「私は知らなかった」といった事態に遭遇させないために、次の3点について、あらかじめ申し合わせをしておこう。
1、重要性の高い情報とは何か
御社にとって、重要性の高い情報とは何か
2、緊急性の高い情報とは何か
御社にとって、緊急性の高い情報とは何か
3、緊急性の高い情報の報告方法
御社は、緊急性の高い情報の報告方法をどうするか
その2年後、キューバ危機が起きたが、ケネディ大統領は冷静に対処し、キューバの核ミサイル撤去に成功した。よもや第3次世界大戦の勃発かといわれたが、ソ連との外交で解決したのだ。
これはケネディ大統領が2年前の失敗を教訓にして、正確な情報が自分に正しく入ってくるように、報告の仕組みを整えていたからだ。
重要な情報はきちんと上司に伝えることが大切であり、上司側も情報が入ってくる体制を整えることが大切なのだ。
上司に関するビジネス書は星の数ほどある。そんなビジネス書を読むとつい、自分の上司と比較して、自分の上司に不満を抱くことは少なくないかもしれない。しかし、上司を変えようとしたり、ビジネスに書かれているような上司を求めたりしてはいけない。
ドラッカーはこう言っている。
上司を改造し、教科書に書いてある理想の型に仕立て上げようなどと考えてはならない。あるがままの上司が、個性ある人間として存分に仕事をできるようにすることが部下たる者の務めである。ピーター・ドラッカー
上司に対する不満は、やがて部下としての道を踏み外すきっかけとなる。正論という名のもとにおいて、上司の人間性そのものに裁断を下すようになり、部下たる者の務めを放棄することになるからだ。
上司は知識があって、判断力のある人だ。そう思って接していけば、もっと深く考えて、もっといい仕事をしてくれるようになる。そう信じて取り組もう。逆に、自分の上司は知識もなく、判断力もないと思えば、上司はあなたのその考えに気付く。上司もまた人間である以上、当然、あなたの上司は、あなたの考えを苦々しく思う。それだけではない。上司との間に信頼関係を築けなくなり、あなた自身、仕事がやりにくくなる。
3回の連載で、上司との間に信頼関係をつくるために、部下がやるべきことをお伝えした。
これらは、決して媚でもなければ、へつらいでもない。上司の仕事をやりやすくし、上司が成果をあげられるようにすることによって、結局は、自分の仕事を進めやすい状態をつくることになる。より成果をあげられるようになる。
自己実現とは、仕事を通じて誰かの役に立っている喜びを実感している状態のことだ。上司をマネジメントするスキルを身に付けることによって、そんな喜ばしい日々を送れることを願っているし、私はそうなると確信している。
最後にドラッカーの言葉を紹介して終わりたい。
これらは一大事でも骨の折れる重労働でもない。自分の大きなチャンスと捉えて上司が仕事をしやすくすることを自分の責任として受け入れなければならない。ピーター・ドラッカー
ドラッカー専門の経営チームコンサルティングファーム トップマネジメント
東京都渋谷区出身。ドラッカーコンサルティング歴約33年。外資系コンサルティング会社勤務時、企業向けにドラッカーを実践する支援を行う。中小企業の役員と上場企業の役員を経て、ドラッカーの理論に基づいた経営チームをつくるコンサルティングを行う、トップマネジメントを設立。現在は上場企業に「経営チームの研修」「経営幹部育成の研修」「後継者育成の研修」を行っている。
著書に『ドラッカーが教える最強の後継者の育て方』(同友館)、『ドラッカー5つの質問』(あさ出版)、『新版 ドラッカーが教える最強の経営チームのつくり方 』(同友館)、『日本に来たドラッカー 初来日編』(同友館)、『ドラッカーが教える最強の経営チームのつくり方 』(総合法令出版)、『ドラッカーのセミナー』(Kindle)、『ドラッカーが教える最強の事業承継の進め方』(Kindle)がある。主な連載に『ドラッカーに学ぶ成功する経営チームの作り方』(ITmedia エグゼクティブ)がある。ほか多数。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授