「仕事を人に合わせる」という発想をする経営者や管理者は、まずいまい。そして、仕事を仕事の論理に従って編成することは常日頃行っていることではあるが、その結果その仕事に人を合わせようとするのが通常のやり方である。その中で、働く人を生かそうとすることは、手かせ足かせをした人間に自由に振舞えといっているようなもので、何と愚かなことか。日頃行われている経営のほとんどは、人を仕事に合わせようとしているものである。
人を仕事に合せている例を、いくつか挙げよう。そもそもマネジメントの何たるかを知らない経営者たちは、ドラッカーが指摘するように、企業の業績を本質的に決定付けている要素は「高利益率」と「低コスト」、加えて「物量」だと認識している。現在そう認識している経営者が、ほとんどではないか。従って、そう認識している彼らから出てくる方針や施策は「コスト一律カット」「人員削減」「経費削減」あるいは「売り上げ拡大」の域を出ない。
まるで、高度経済成長期の成功体験からいまだに抜けきれないようなものである。そういう方針や施策のもとでは、人は単なるコストカットや原価低減や経費削減、あるいは売り上げ拡大という仕事に合わせられるだけである。すなわち、マネジメントに対する基本的考え方が影響する。
もう少し具体的な例を挙げる。ERP導入における過ちが、その例といえるERPを導入する場合は、従来業務をERPに適合するように改革してから導入する、あるいは従来からの業務の特長を生かすためにソフトウエアをカスタマイズすべきであるといわれる。しかし、関係者の無知や怠慢、費用の関係などから従来業務のままでERPを導入し、「さあ、使え」と強要するケースが少なくない。人を仕事に合わせる典型例である。
その他、日常的に周囲に見られる現象のほとんどは、人を仕事に合わせている。昔から見直しもせずに続けられている数多い会議への出席の強要、そのための気の遠くなるような膨大な資料の作成、日報や週報による上司への報告の義務付けなどなど、身の回りには人を仕事に合わせる現象に溢れている。
では、仕事を人に合わせることはあるのか。それはどういう場合か。ドラッカーが指摘するように、マネジメントを正しく理解しようとし、「企業とは何か」「事業とは何か」「事業はどう変化するか」を常に問い、「問題」に関心を持つのではなく、「機会」に関心を持ち、挑戦をする。そのことは、成果を生まない昨日の事業は捨てる、明日への投資を考慮する、従業員のアイディアを積極的に取り入れることになり、そこでは結果的に仕事を人に合せるという発想が出てきて、その企業風土が出来上がっていく。すなわち、マネジメントに対する基本的な認識が、仕事と人の関係に影響するのである。
仕事を人に合わせる、もう少し具体的な例を挙げる。上記のERP導入の際に、予め業務改革をする、ソフトウエアをカスタマイズすることなどに資源を惜しみなく投入するということは、仕事を人に合わせることになる。ITシステム構築の時にユーザーニーズを十分に取り入れる、ということも該当するだろう。ある中堅の電子機器メーカーは、従業員から積極的、組織的に、かつ常時改善提案を募り、それを大々的に業務に取り入れている。会議の数はかなり減った、日報や週報を廃止してコミュニケーション活性化の方法を取り入れた、資料や帳票は減った、職場に活気がある。結果的に、仕事を人に合わせていることになる。
仕事を人に合わせるには、何に配慮すべきか。まず、ドラッカーが指摘するような基本的に正しいマネジメントを心がけることである。そうすることで、仕事を人に合わせようとする企業風土ができる。その上で、技術的にはIT導入の例に見られるように基本に忠実に業務を行うことである。
正しい基本は、人が優先になっている。さらに、従業員の意見を取り入れることである。当たり前のことだが、それを実行するために次の要件が必須で、しかも当事者の並々ならぬ決意と実行力が求められる。トップや経営者の意識が大きく影響するので、彼らがマネジメントを徹底して学ぶこと。そして仕事を人に合わせることを現場で実務的に実行する管理者や担当者は、意識を高く持って、敢然と実行する強い意志を持つことである。
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。
その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授