クロスボーダーM&Aの成功に向けて視点(3/3 ページ)

» 2018年01月29日 07時00分 公開
[米田寿治ITmedia]
Roland Berger
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 このような戦略の議論を通じて、いくつかの戦略オプションとともに、組むべき候補先リスト、ロングリストを洗い出す。その中から、自社事業とのシナジーやカルチャーフィット、相手にとっての自社の魅力度、買収の実現性などの観点からいくつかの企業に絞り込み、ショートリスト化を行う。これらの候補先に関しては事業精査で検証したい点も自ずと明らかにされる。

(2)客観的な事業精査と合理的なシナジーの見極め

 (1)の戦略の立案、ありたい姿の議論がなされ、ロングリスト、ショートリスト化を行った上で、いざ事業精査を行うこととなる。この場合、相対とオークション案件ではプロセスが異なる。FA(ファイナンシャルアドバイザー)が入り、全体スケジュールが設計されるが、相対かオークションかにより、またそれ以外のさまざまな要素により、事業精査を行うことのできる期間、事業内容の開示レベル、インタビューの実施可否などケースバイケースとなる。従い、ゼロから調べるのではなく、この時点である程度買収対象先企業の概要、おおよその強みや課題、自社とのシナジーの仮説を持って臨むと事業精査の精度が上がる。

 事前に何を検証したいかの論点を明確にし、仮説を持って臨めれば、短期間に有益な判断材料が得られるのだ。検証期間も長くて2カ月、実際は、6週間くらいで検討を進めなければならない。短期間での結論を求められるため、並行して社内の決裁プロセスを踏まえたスケジュールを組むことが必須となる。取締役会含め、外部への説明なども必要になるようであれば、事前の検討会なるものを何度か実施しておくことをお勧めする。(3)の投資後管理にも関係するが、事業精査、シナジー議論において、関係各部門を極力巻き込んでおくことも、買収を成功させる大事な要件となる。

 ここでは極めて短期間に客観的な検証を加えるため、外部の専門家を活用することが多い。留意したいのは、よくない兆しがでたら「No go」とすることを事前に取り決めておくことである。この腹決めが失敗ディールを未然に防ぐ最大のポイントとなる。その際、(1)でショートリスト化を済ませていれば慌てることはない。二の矢三の矢が存在する。慌てて高値づかみしたり、リスクのある案件にすがらなくてもよいのである。「No go」の場合でも、そこまでの検討に際し、検討を進めたチームの検討プロセスに対する評価を忘れてはいけない。最終的な結果につながらなくとも、ここでの余裕、度量をぜひマネジメントの方々は持っていただきたい。

 多くの日本企業は、とりわけ事業面は外部の力を借りずに自力で検討することも多い。勢い自社目線で、マーケットや競争環境の見立てが甘くなり、検証が十分ではなくなる可能性がある。事業理解への過信が思わぬ落とし穴にはまるリスクを生んでしまう。客観的な目線での事業の蓋然(がいぜん)性評価、シナジーの見極めが求められるのである。具体的には、相手先企業の事業内容を将来トレンドも踏まえながら3C分析で評価し、強みの源泉や維持可能性を定性的に評価する。最終的には、事業計画の精査と合理的なシナジー算定を踏まえ、いくつかの事業計画シナリオを策定し、買収価格を検討することになる。

 高値づかみをしないためにも、第三者目線での客観的な検証、議論、合理的なシナジー算定を踏まえたいくつかのシナリオを元に、徹底的な議論が必要だ。加えて、このタイミングで、統合後の目指したい姿、ありたい姿、を相手先に伝えることができれば、価格勝負だけではない要素を持ち込める。この点でも(1)の事前の戦略、ありたい姿の議論が役立つのである。

(3)投資後のコミットメント。PMI(投資後経営管理)

 相対の案件で合意をとりつけ、ないしはオークション案件の入札に勝利し、めでたく買収が決定する。実際、多くの案件で、ここで一息ついてしまい、達成感にひたってしまうことがある。実はここからがスタートなのである。大事なことは、経営トップが自ら出向き、統合の狙い、目的、ビジョンをしっかり語ることだ。統合後の事業計画づくりの体制を構築し、PMIをスムーズに進めていかなくてはいけない。ディール担当と実際のPMI担当が分かれてしまい、例えばコーポレートが決めて、事業部が乗ってこないといった状況をつくってはいけない。

 ここでは、PMIの方法論とリソース配分が重要となる。誰と誰を派遣するか、どんな陣立てを用意すべきか、相手先のキーマンの見極めとともにとても大事な要素となる。若手経営幹部候補の登竜門にしてもいい。買収先企業のメンバーを含むPMI検討チームは日本本社とも連携し、投資前後の膨大な手続きや投資後の事業計画(通称、100日プラン)を策定していかねばならない。検討体制を構築したら、階層別、機能別、テーマ別のチームを組成し、それぞれで手触りのある腹落ちしたプランをつくり、魂、思いを入れていく。PMIチームへの思い切った権限移譲も行いたい。(図D参照)

 このプロセスを怠ると、その後のシナジー創出はおろか、従前の事業計画の実行さえ危ぶまれる。統合作業に手間取っている間に、競合企業がここぞとばかりに攻め入ってシェアを上げるのはよくある話である。

 各社統合後の管理には苦労していることが多い。日本にはグローバル人材がいない、任せるんだとばかりに丸投げする、かっちり管理するんだとばかりに進駐軍のように駐在し、何もできない、やらずでは、買収先企業から愛想をつかされてしまう。この段階になって慌てないよう、着実にグローバル人材の育成を進めるとともに、投資後のガバナンスモデルの仮説を検討しておくことをお勧めする。

 昨今、M&Aにかかる専門人材を外部からヘッドハントし、M&A検討の促進やPMIに生かす会社もでてきている。素晴らしい取り組みではあるが、はえぬき社員との融合、役割分担など、互いに壁をつくらない検討推進を期待したい。

 統合段階では、一にも二にも、対面でのコミュニケーションが大事だ。トップ同士が買収検討の段階から食事をしていたり、互いのビジョン、ありたい姿を語り合ったりしていれば、おのずと、PMIもスムーズに進むことが多くなる。現場にも、ビジョンやブランドを伝えるべく、統合と時を同じくしてグローバルのWAYを構築し浸透を進める企業も多い。トップから現場に至るまで、このような活動ができる日本企業は、投資後の融合がスムーズだ。実際、役員から現場まで、人材の交流が行われていると、おのずとシナジー効果も発揮されている。

3、まとめ

 クロスボーダーM&Aにより、買収先企業の良さを国内に導入し変革を遂げている日本企業も出始めている。今までの国内の流儀では変革を促せない企業が多いのも現実ではないだろうか。買うか買われるか、という時代ではなく、未来を構想し、互いに協力して価値を創出する良きパートナーをいち早く見つけ組んでいくことが勝ち残りの要件になってくるのではないだろうか。新興企業に既存事業を破壊される前に、自らゲームチェンジャーにならなくてはいけない。

 その観点からも、海外展開を恐れてはいけない、異文化との融合を恐れてはいけない。覚悟をもって、外に打って出る、他力を活用する、そのヒントにつなげていただければ幸いである。

著者プロフィール

米田寿治(Hisaji Yoneda)

ローランド・ベルガー 執行役員 シニアパートナー

早稲田大学政治経済学部卒業後、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、米国系戦略コンサルティング・ファームを経て現職国内の素材メーカー、電機業界、自動車部品、食品小売、製薬業界等に対し、クロスボーダーM&Aにかかる戦略立案、BDD(事業精査)、PMI(統合管理)支援や、新規事業創出、ビジョン策定支援など、豊富なプロジェクト経験を有する。単なる戦略の立案にとどまらず、クライアントミドル層の育成、意識改革、ならびに組織再編を支援する等、実行を意識したコンサルティングを手掛けている。東京オフィス、STRATEGIC TRANSFORMATION(戦略的事業再編)チームのリーダー。


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