具体的には、人の無意識な身体運動のパターンの中に幸福感と強く相関する普遍的な特徴があることを見いだし、ウエアラブルセンサーやスマートフォンに搭載されている加速度センサーを用いて幸福感を計測し、定量化するものである。そもそも多様な上に、コロナ禍で生活者の幸福を感じる視点や場面もさらに変化する中、このような根源的理解を通じて次なる産業を生み出すという意気込みを感じる。
このように人それぞれにとっての幸せを理解するには、多くの人との接点を持ち、そこから幸せを抽出し、それらを積み上げていくことが重要となる。その中では、生活者との表の接点、つまりコミュニティーも大きな役割を果たす。
計測技術や情報基盤を持ち、その中で個々人の価値観を抽出するに当たり、AIはその仮説構築には大いに役立つ。しかし、それは仮説にすぎない。実際に提供した結果、その生活者が実際にどう感じたのか、受け手の反応を直接捉えることも重要となる。購買行動などは容易に把握することができるが、その結果、どのような/どれだけの幸せを感じたかは行動だけで推し量ることは難しい。
だからこそ、コミュニティーを通じてさまざまな生活者との対話機会を持ち、フィードバックをもらうことで、幸せの提供能力を高めることができる。生活者と企業が一緒に製品やサービス、そして社会や幸せづくりに取り組むことが、ひとつの流れになるだろう。
一方で、生活者一人一人が価値を感じる製品やサービスのタイムリーな提供を追求するほど、ビジネスとしては効率が低下しかねない。そのためには、一定の規模感のある幸せを複数抽出し、その実現に有用な基盤を整えることで事業性を担保することが策となりうる。つまり、幸せな社会という目標と、その実現に有効な基盤をひもづけてモジュールとしてそろえておき、それを地域毎の幸せに応じてうまく組み合わせて実現する、いわば「社会アーキテクチャ」という考え方である。
自動車産業では近年、車両アーキテクチャという考え方が浸透した。これは、複数の車両に共通して提供する価値を機能や性能という開発目標に落とし込み、その具現化のために複数部品を括ったモジュールを用意して組み合わせることで、価値を体現したさまざまな車両をスピーディーに生み出していくものである。それを車両ではなく社会に当てはめてみても同じことがいえる。
このような価値起点で社会アーキテクチャを描き、その中で自社の製品やサービスを提供していくことは、ESGやSDGsという流れにも合致する。個々の生活者にとっての幸せを提供するなんて改めて書くに足らないと思われるかもしれない。しかし、今の自社や自分自身を思い返した時に、果たしてそれを愚直に追求していると自信をもって言えるだろうか? 今手掛けている製品やサービスは誰にどんな幸せをもたらすと明確に言えるだろうか? それは自分自身が生活者の立場でもその金額を払ってでも欲しいと思えるだけの価値があると言い切れるだろうか?
GAFAがここまで成長した理由こそ、多くの生活者にとって当然のうれしさを愚直に追求し続けてきたからではないか。例えばアマゾンは「猛暑や雨の中を外出せずに欲しいものが手に入る」という、イメージしやすく当たり前の、しかし必ずしも実現されていなかったうれしさをもたらしたからこそ、爆発的に広がった。
こうしてみると、実は当たり前なのに実現されていない不便は、日常生活のそこかしこに転がっている。それこそが価値の種であり、いち生活者として感度高く生活を眺めてみることが、価値を生み出す出発点となる。いまこそ、技術起点から価値起点へ。
貝瀬 斉(Hitoshi Kaise)
ローランド・ベルガー パートナー
横浜国立大学大学院修了。完成車メーカーを経てローランド・ベルガーに参画。その後、事業会社、ベンチャー経営支援会社を経て現職。モビリティ産業を中心に開発戦略策定、事業ロードマップ構築、事業マネジメントの仕組みづくり、M&A支援など多様なプロジェクトを手掛ける。完成車メーカー、サプライヤ、商社、金融サービス、ファンド、公官庁などさまざまなクライアントと議論を重ねながら「共に創る」スタイルを信条とする。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授