中盤の軸になったのは、第一次から第三次産業革命までの比較だ。蒸気機関の普及時にはラッダイト運動のような反発が起きたが、その後は機械整備や監督など新しい職能が拡大した。第二次産業革命では大量生産が進み、現場作業の一部が縮小する一方で、電気技師や管理職、経理・人事・販売といったホワイトカラー職が成長した。第三次産業革命では、手作業中心の定型職が減る一方、ソフトウェア開発やITコンサルティング、データ活用関連の新職種が生まれている。
続いて大野氏は産業革命を通じて人間がどのように技術の変化に適応してきたかという流れを示した。技術導入期には代替と混乱が先に立つ。その後、技術を使いこなすための新職種が生まれ、最終的には雇用構造全体が組み替わる。今回も同じ流れが起こる可能性が高いという。講演中のアンケートでは、参加者の多くが「AIは仕事を奪う」と回答したが、同氏はその感覚自体を否定しない。むしろ「奪うことは避けにくい。しかし、そこで学習と移行を設計できる企業は、新しい雇用を内製化できる」と述べ、恐怖と適応を同時に扱うべきだとした。
この説明は、Q&Aでの議論ともつながっていた。どの業務が置き換わりやすいかという話題では、採用評価やミドルマネジメントの一部タスクは自動化余地が大きい一方、利害調整を伴う交渉や現場の関係構築は残りやすいという見立てが共有された。AI導入の現場では、この「タスク単位での分解」が雑になるほど、社内の反発と誤配分が増える。役割再定義を職種名だけで進めないことが、実装の初期条件になりそうだ。
後半で大野氏は、アリストテレス、アウグスティヌス、トマス・アクィナス、カール・マルクス、ハンナ・アーレントの仕事観を引きながら、AI時代の労働を考える枠組みを提示した。時代も立場も異なる5人だが、共通していたのは、仕事を単なる生存手段へ閉じない姿勢だ。効率化で余白を作り、その余白を創造や倫理、公共性へ振り向けるべきだという視点が通底している。
「ルーチンをAIに移し、人間は創造性や倫理判断が必要な領域に時間を振り向けるべきだ」と大野氏は語る。理想論ではなく、実務の設計論として持ち出されている点に同氏の独自性がある。Q&Aで「AI時代のITリテラシー」について問われた際には、「この3年間で最も価値が上がるのは設計能力だ」と踏み込んだ。生成AIは実装速度を一気に引き上げる一方、設計原則を外れたコードや不整合なロジックを返してくる場面もある。だからこそ、人間に求められるのは「作る力」だけではなく「誤りを見抜き、設計へ戻す統御力」だ、というのが同氏の見立てだ。
ここで示された観点は、AI活用を現場任せにしない理由にもなる。技術導入の成否を分けるのは、ツール選定そのものより、判断責任の線引きと運用設計の質だからだ。現場が困るのは、AIが難しいからではない。誰が最終判断者なのか、どこまでを自動化してよいのかが曖昧なまま運用が始まるときだ。
実装論としての示唆は、質疑応答の中でさらに肉付けされていった。先端技術人材に求める要件として同氏が挙げたのは、AIを試すマインドセットと、便益とリスクを同時に扱うリスク制御力の二つである。前者については、技術知識の有無よりも、心理的な障壁をどう下げるかの設計が効くという。まずは学習を小さく始めるのが現実的で、経営層自身が成功体験を持つことが、組織全体の空気を変える近道になるという指摘も、ここに重なってくる。
加えて同氏は、AIガバナンスの観点から「どこまで権限をAIへ渡すか」を論点に据えた。最終判断を人間が担う運用と、AIへの依存度が高い運用を区別し、責任の所在を事前に明確化しておく――この設計は、フィジカルAIの導入を見据えるほど重みを増していくという。ロボット本体の調達コストが下がっても、業務データが整っていなければ学習も運用も止まる。データの構造化と自動蓄積の仕組みづくりを「今やるべき経営課題」と位置付け、同氏が講演を通じて繰り返し言及していたのが印象的である。
日本企業の競争力については、悲観一色というわけではない。協調性や配慮、関係調整といった強みは、人とAIの協働設計の中でも価値を保ちうる――そう述べたうえで同氏は、DXリテラシー標準や推進スキル標準の文脈とつなぎながら、企業ごとに業務マッピングを進める必要性に触れた。AIを適用する領域と人が担う領域を可視化できれば、投資判断と人材育成の優先順位もそろえやすくなる、というわけである。
この点に関連して同氏は、起業家とイントラプレナーの双方を育てる視点にも触れた。技術実装のハードルが下がるほど、個人発の事業創出は増えやすい。一方で大企業には、データ量と資本力という優位がある。だからこそ、社内で挑戦できる制度と評価軸を整え、AI活用を単発のPoCで終わらせないことが重要になる。実務に落ちる制度設計まで進められるかどうかが、同じツールを使っても成果差が開く要因になりそうだ。
講演の結びで大野氏は、「いまこそ心の岩盤を打破すべきだ」と聴衆に呼びかけた。先端技術人材の獲得と育成、次世代経営人材への投資、20代への早期機会付与、旧来慣行の見直し――どれも現場だけで完結する話ではない。経営が意思決定の順序を示し、現場が学習できる設計へ落とし込んでいく。そうした手順を、いま組み直すべきだというのが同氏のメッセージである。
AIが仕事を一律に奪うわけでも、人間を自動的に解放するわけでもない。どの業務を代替し、どの機能を拡張し、どの責任を人間に残すか――その設計をやり切れる企業ほど、変化の速度をリスクではなく競争優位へ変えていきやすい。今回の講演は、技術論というより経営と組織の再設計論として聞くと、より得るものが多かったように思う。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授