一方B社で取り上げられたテーマは、情報端末に使用される主要部品を情報端末メーカーへ納めるための開発だ。営業と開発部門が話をつかんできたボトムアップのテーマで、それはそれで結構だが、B社の新製品を検討するR&D会議に提案されたのは、話が相当進んでからだ。B社は、当初情報端末そのものの開発を画策したが、関係会社間の力関係で主要部組品だけを担当することになった。
R&D会議席上での社長質問を開発担当役員が引き取ってその場は収めたが、実は根が相当深い。会議の後、不信感を持った経理担当役員が関係者を問い詰めて分かったことは、売価1,000円は現段階の要求値で、量産が軌道に乗ったときには1,000円を切ることが顧客要求である。しかも原価2,000円は、ほとんどが社外からの部材購入費で、B社の付加価値はわずか10%、B社が裸になって原価を下げても1,800円にしかならない。
経理担当役員から報告を聞いた社長は、開発担当役員と開発部長に「情報端末の部組品でなく、情報端末そのものの開発をさせてもらうように関係会社へ交渉しろ」というものだった。時既に遅し、今更何をかいわんやだ。最初の開発計画から狂っていたことになる。結局、本開発は勝算がまったくなく、早々に撤退を余儀なくされた。
B社の開発テーマはボトムアップと言えば聞こえはいいが、何のことはない、下に任せっ放し、下から出たテーマを俎上に載せ、上がケチをつけるだけ、確たる経営方針がない。だからR&D会議のテーマはいつも小粒だ。事業の柱になるような画期的開発品も出なければ、従来製品の小改良の積み重ねに過ぎず、企業業績は低迷している。
A、B社の例についてくどくどと取り上げたのは、多かれ少なかれ、これがほとんどの企業の新製品開発についての実態を表しているからだ。
新製品開発に成功した企業の例が時に取り上げられるが、筆者がいつも思うことは、往々にして成功の原因を後付で整理して理屈を付けて紹介しがちだということだ。成功企業の多くは、最初の開発企画どおりに進んだとか、当初のマーケティングが正しかったとかというよりも、実態は気が付いてみると時流に乗っていたとか、結果的に運良くヒットしたとか、開発関係者が意図しなかった世情の影響を受けたとか、という当初の意図から外れるところで成功する場合が少なくなく、それがほとんどの場合の成功の本音である。
それにしても、無秩序にして、社内幹部の関心だけをうかがったA、B社の例はいかにもひどすぎる。担当部門は新製品開発の際には、マーケティングやイノベーションに取り組むのが任務というもの。彼らは現状のやり方でその任務をほとんど放棄している。しかし、それが現実であることに、経営陣は気付くべきだ。
経営幹部の関心だけをおもんぱかった形式的な会議を経て、営業部門が設計部門から与えられた製品を売るだけの新製品開発体制から脱皮するには、A、B社ともに開発体制のあり方を根本から再構築しなければならない。例えば、新製品開発計画は設計部門からの提案ではなく、営業部門との共同提案とする。そこには、イノベーションがなければならないし、充分検討したマーケティングのデータを示さなければならない。経営幹部も議論に参加するからには、勉強してもらわないと困る。特にB社の場合、担当部門バラバラのローカルな検討を排して、最初の開発企画から戦略を立てて、きちんと手順を踏むことだ。それは、ここで強調するまでもなく、当たり前のことである。
ここで強調したいことは、それぞれの企業で日々当たり前のように行われている新製品開発体制の実態が、実は客観的に観察してみるとA、B社のように的外れで、単なる儀式に過ぎないことを仰々しく行なっているのだということに、できるだけ早いうちに経営者・管理者自ら気付いてもらい、1日も早く惰性から脱皮してもらいたいということだ。
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授