例えば、皆さんはこんなことがないでしょうか。
(1)職場の社員は皆「自分の仕事やプロジェクトが1番大変だ」と思っていて皆が不公平感を抱いている
(2)仕事のやり方に対してコメントした部下から「現場はそうじゃないんですよ」という感想を言われた
(3)自分では「うまくいっているのは自分の努力とやり方のせいだ」と思っているのに、他人からは「運がよかったですね」と言われることがある
これらは全て「象の鼻としっぽ」の構図で説明できます。まず(1)の「自分が一番大変だ」という錯覚ですが、「自分の仕事の全体像」という象の「自分が大変な部分」という「鼻」や「しっぽ」しか見ていないところから来ます。冷静に考えれば自分の方が恵まれていることはたくさんあるのに、そこは見えずに各個人の大変な部分だけが見えてしまうので、全員が「自分が一番大変だ」と思ってしまうのは理解できます。
次に上司と部下とのコミュニケーションギャップといえる(2)ですが、これも上司と部下で違うものを見ていることからきます。例えば商談でのお客様への対応を考えてみます。上司は部下に対して、「本当にお客様の言うことを聞いているのか?」といった質問をします。「そりゃ聞いていますよ」と答える部下に対しても上司は懐疑的です。「『本当に』ちゃんと聞いているんだろうな」と突っ込む上司。「毎日会っていますから」と答える部下。
それでも上司は部下の商談ぶりが気に入りません。上司は商談そのものへの「考え方」を見ています。お客様の真意を本当につかんでいるのか、単なる「御用聞き」になっていないのか、といったことです。これに対して部下は生の情報や直接お客様が口にした「現場感」を重視しています。このように「鼻としっぽ」を別々に見ることで、いつまでたっても上司は「オレがやればもっとできるのに」と思い、部下は部下で「現場に来もしないで理想論ばかり言って」と対立は埋まることはないでしょう。
(3)については、「ある人の成功」という象を見るときに、他人は「運」の側面ばかり見ます。しかし、自分に対しては「目に見えない努力」や「自分なりに工夫している方法」という「運以外」の側面を見るという相違から、こうしたギャップが生まれます。面白いのは「成功」を「失敗」に置き換えると全く逆のことが起きて、自分の失敗は「ついていない」と運のせいにし、他人の失敗は「あのやり方じゃだめだよ」と運以外のせいにすることです。これも「自分」と「他人」という立場の違いによって、同じ象の違う側面を見てしまうことからくる、ギャップということができるでしょう。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という野村楽天元監督が好んで用いる言葉は、こうした勘違いを戒める言葉といえます。
全体像や実像、虚像等に用いられている「像」という漢字は「人」+「象」という構成でできています。自分勝手で思い込みの激しい「人」が見ることによって、たった1頭であるはずの「象」が百人百様の「像」に見えてしまう。これがコミュニケーションギャップの根本原因といえるでしょう。
ビジネスコンサルタント。株式会社クニエ マネージングディレクター東京大学工学部卒業後、東芝を経てアーンスト&ヤング・コンサルティング(クニエの前身)に入社。製品開発・マーケティング・営業・生産などの分野で戦略策定、業務改革計画・実行支援等のコンサルティングを手がける。著書に『地頭力を鍛える』(東洋経済新報社)、『「Why型思考」が仕事を変える』(PHPビジネス新書)、『象の鼻としっぽ』(梧桐書院)等がある。
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