さて、いくつかの例から「豊穣な土壌」とは何を意味するかが分かってくると思う。「人材を育てる」、「人を教育する」という企業風土を定着させるということである。
肥沃(ひよく)な土とは、化学的にはいろいろ説明があろうが、一般常識からいって有機分を多く含んだ「黒い土」であり、土壌のどこを掘っても黒い土が現われる。
まさにそのように、企業の中のどこを探ってみても「教育」という概念が現われる。例えていえば、経営者、管理者たちの指先を切ってみても、「教育」という血が流れ出るという風土を作らなければならない。そのためにはどうするか。
(1)まず何よりも、トップの考え方、姿勢、方針である。トップが「会社の発展は、社員の成長に支えられる」、あるいは「企業の成果は、人材の質に左右される」という考え方を持ち、それを方針に打ち出し、行動に現わすことが大前提となる。そして、「人材教育」を企業風土として定着させることに腐心すべきである。
(2)次に、企業として求め、作り上げる目標の社員像や能力レベルを明確にし、開示することである。経済産業省が2006年に提唱した「社会人基礎力」は、1つの参考になろう。
(3)そして、人と人との信頼関係を重要視することである。そのためには人間関係を大切にする雰囲気をつくる、さらにそのためにはコミュニケーションが最重要であることを認識し、経営者、管理者が実践をして範を示すべきである。上掲例のように、大学卒と高卒新入社員の関係、上司あるいは先輩と社員の結びつきなどを、教育部門が段取りをして制度化したり、インフォーマルな勉強会を幹部がバックアップしたりすることにより、人間関係の重要性が認識され、コミュニケーションが活性化し、信頼関係が生まれる。
(4)以上の結果、企業の中で日常的にそこらじゅうに「人材教育」が当たり前に存在し、ルーチンワークの中で上司が部下を、先輩が後輩を常に教育する、常に範を垂れるという風土を作り上げることである。いや、結果的に自然に出来上がっているはずである。
このように企業の土壌を豊穣にしておけば、即ち「人材教育」が企業風土として定着し、全社で当然のものと認識されていれば、人材教育のテクニックは難なく受け入れられる。
ここで、もう1つ異なる視点からの議論がある。人材教育の困難さの原因を他に転嫁して、関係者は責任逃れをしていないか。要するに、言い訳が多い。
産業能率大の調査(「人材開発担当者に聞いた現場の人材教育の状況」2011.1.31.〜 2.4.)によれば、「現場の人材教育の環境」で回答率が最も高かったのは、「マネジャーのメンバーを指導する時間が不足」「メンバー・新人を指導する人材が不足」がいずれも72.2%、また「学習する風土を醸成する上での課題」で回答率が高かったのは、「メンバーが学習や能力開発の必要性を理解する」60.9%、「人事・人材開発部門が現場の人材開発の状況を把握する」55.9%、「現場マネジャーがメンバーに対する学習の動機づけの仕方を身につける」55.5%である。
しかし、教育の時間や人材が足りないとか、必要性の理解や状況把握が必要だなどというのは言い訳で、上記に示したようにトップ方針と教育部門始め関係者の心がけで、人材教育を企業風土として根付かせれば、状況は大きく進展するものである。
一方、東京商工会議所の「中小企業の人材育成における特徴的な取り組みに関する調査」(2010.3.1.〜 3.12.)によると、人材育成方針を作成している企業は、顕彰受賞企業始め高レベルの企業が対象であるにもかかわらず50%という程度で、改善の余地が大いにある。
人材教育は、テクニックを論じたり、教育のための時間や人材不足を嘆いたりする以前に、教育のための土壌を肥沃にすることからまず始めるべきである。
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。
その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授