製造業におけるメタバースへの取組み意義(2/2 ページ)

» 2022年10月03日 07時09分 公開
[中野大亮ITmedia]
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1、体験先行による開発・製造・販売サイクルの加速

 VRやARを活用した情報の見える化による作業者の支援や、VRモックアップによる課題の洗い出しなどを通じた開発・製造の効率化はこれまでも行われてきたが、近年ではより「体験」にフォーカスした取組みが進んでいる。具体的には、製品シミュレーターを通じて試作段階で製品を体験することによってより顧客視点に沿った製品開発プロセスを経ることや、顧客自身がVR上で製品を体験することで購買ハードルを下げる取組みなどがある。

 また体験自体も従来の視覚重視の体験にとどまらず、聴覚や触覚といった五感全体での体験をサプライチェーンに組み込む動きもあり、今後はこうした体験ドリブンな製品開発がより進んでいくだろう。

2、ヒト・モノの先読み、先回り

 デジタルツインの活用では、デジタルツイン上でのシミュレーションによる製品ラインの最適化や、製品の予知保全の取組みが活発である。現在では、製品や製造ラインといった部分的なデジタルツイン化からバリューチェーン全体に範囲を拡大する動きや、静的なデータのみならず天候や人流、交通データといった動的データもリアルタイムで取り込むことでシミュレーション精度をさらに向上させる取組みも進んでいる。

 また、これまではデータ化が難しかった人の意識や概念などもAIの発達に伴ってデジタルツイン化する動きもあり、顧客需要の精緻化や集団での合意形成の迅速化などへの活用が期待されている。

 こうした動きが今後さらに加速すれば、リアル世界をそっくりそのまま仮想世界に再現する「ミラーワールド」も実現するかもしれない。仮にミラーワールドまでは到達しなくとも、あらゆるデータを取り込んでシミュレーション精度を向上させることができれば、リスクを事前に回避することや、事業の成功確度を飛躍的に上げることができるようになるだろう。

3、オープンコラボレーション

 狭義のメタバースである仮想世界での取組みについては、現状では仮想世界のショッピングモールとECサイトを連携させることによる販売チャネルの拡大や、バーチャルイベントなどを通じたコミュニケーションなどに限定されている。一方で、今後メタバースの飛躍的な拡大に伴って、製造業・メーカーにとっても仮想世界は重要な顧客タッチポイントの場になると想定される。

 このようなタッチポイントを生かした双方向の密なコミュニケーションやファンコミュニティー形成が進めば、コミュニティーと一体となった製品開発などメーカーと消費者とのコラボレーションが進み、その結果ファンが増え、さらにコラボレーションが進むという正の循環を作ることも可能となる。また、従来のような製品売り切りの事業モデルではなく、さまざまなタッチポイントを生かしたマネタイズなど事業モデルの変革も必要となってくるだろう。

製造業におけるメタバースの先進取組み事例

 こうした3つのトレンドを確認した上で、それぞれのトレンドにおける製造業での足元の取組みについて、具体例をまとめた。今後の自社での取組み検討時の参考としていただきたい。

1、体験先行による開発・製造・販売サイクルの加速

体験先行による開発・製造・販売サイクルの加速

2、ヒト・モノの先読み、先回り

ヒト・モノの動きの先読み、先回り

3、仮想世界への拡張

「オープンコラボレーション」については、多様かつ双方向のコミュニケーションが進む

メタバースの未来と日本の製造業での取組み意義

最終的には現実世界と仮想世界の主従関係の逆転も

 メタバースの拡大に伴って、主要デバイスが現在のPCやスマートフォンから、VRデバイスに移行していけば、そこから取得できるデータは量・質ともに大きく向上するといわれている。

 スマートフォンでは、視聴ページやタップ操作などの限られた情報しか得られないのに対し、VRデバイスでは仮想世界での一挙手一投足に加えて、VRデバイス内での視線の動きにもアルゴリズムを適用させることが可能で、より解像度を上げて人々の行動を予測できるようになる。

 こうしてアルゴリズムが超高性能化していけば、デジタルツインのように現実世界を仮想空間に作りだしてシミュレーションするのではなく、そもそも仮想世界上で最初に作られた空間やアルゴリズムの中から良いものだけを現実世界に再現していくという流れができるだろう。

 まさに現実世界と仮想世界の主従関係が逆転し、これまでの現実世界起点の製品バリューチェーンが、仮想世界起点のバリューチェーンへと変革していくだろう。

日本の製造業がメタバースに取り組む意義

 現状を考えれば、上述したメタバースファーストな世界が到来するには、まだしばらく時間がかかるかもしれない。しかしながら、今からメタバースファーストな世界に備えてバックキャストで対応していくことが重要である。

 すでに現状においてもメタバースを活用することで精度の高い予知保全やシミュレーションによるリスクの事前回避など、日本の製造業では、欧米企業に先んじて社会実装しているソリューションも多い。このため、今後さらに産業メタバースへの取組みを加速させることで、製造業において世界をリードする立ち位置にもなり得ると考えている。

 また顧客コミュニティーの観点からも、日本の製造業においては、メーカー目線の一方的な製品開発だけではなく、顧客やインフルエンサーを活用したオープンコラボレーションが進んでいる。こうしたオープンコラボレーションの文脈においても、新たなタッチポイントの創出やファンコミュニティーの拡大などでメタバースの利用価値は非常に高く、日本の製造業復権に向けた足掛かりとしても活用できるのではないだろうか。

著者プロフィール

中野大亮(Daisuke Nakano)

ローランド・ベルガー プリンシパル / 東京オフィス

東京大学法学部卒業。米系戦略コンサルティングファームを経て現職。

産業材、鉄道・航空、総合商社等を中心に幅広いクライアントに対し、事業戦略、成長戦略、M&A/PMI等のプロジェクト経験を豊富に有する。

昨今では、未来構想・長期ビジョン、新規事業量産、PoC、スタートアップ連携といったテーマに数多く取り組んでいる。


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