自動車OEMに求められるもう一つのDX視点

自動車メーカーは、CASEによって車両及びビジネスモデルそのものへの変革を求められるのと同時に、ヒト・モノ・カネの視点でもう一つの企業経営・運営での変革が求められる。

» 2021年08月10日 07時08分 公開
[呉昌志ITmedia]
Roland Berger

1、CASEの進展による企業経営・運営における 変革の必要性

 自動車メーカー(OEM)は、CASE(Connected /Autonomous / Sharing / Electrification)によって車両及びビジネスモデルそのものへの変革を求められるのと同時に、ヒト・モノ(情報含む)・カネの視点でもう一つの企業経営・運営での変革が求められる。

 CASEの進展に伴い、そもそも自動車OEMは自動運転やコネクティッドを中心にこれまでとは異なる能力を持つ、かつ国境を越えたデジタル人材(ヒト)の確保が急務になり、今ではそれらの人材をいかに育成して自社に囲い込むかが競争力の源泉になりつつある。

 また、モビリティサービスに代表される新たなビジネスモデルを推進するにあたり、これまで獲得し得なかった多くのエンド・ユーザーの情報、つまりは顧客データ(情報)を獲得することになる。

 加えて、それらの新たなビジネスモデルはこれまでとは違ったマネタイズモデル(カネ)に変わり、従来の車両の販売店・ディーラーへの販売によるマネタイズモデルとは全く異なる受け側としての仕組みが必要となる。

 このように、CASEの進展に伴って自動車OEMが本質的に会社の仕組み、情報システムを改革する必要性が更に強まったのは事実である。

2、求められるDX推進の方向性

 翻って、そういったCASEの進展に伴う会社の仕組み、情報システムの改革は、これも同様にデジタル技術の活用により高速かつ効果的に行うことができるはずである。つまりは、自動車OEMのデジタル・トランスフォーメーション(DX)の対象範囲として検討すべきである。

 まず無くてはならないのは、デジタル人材活用・組織改革のためのDXである。その中でも特に重要なのは、従来の人材とは異なる能力持つ人材管理のためのタレントマネジメントシステムの導入である。

 タレントマネジメントシステムとは、人材の能力やこれまでの成果が一元的にデータベース化されたシステムを指し、最適な組織の枠組み、チームの構成方針等を最適化できる。人材の能力は日々進化し、流動性も高い昨今では、人材管理をアナログ対応では的確な対処を行うことが難しくなっている。また、社内だけでなくクラウドソーシングサービスなどとも連携した外部人材活用のための仕組み作りも必要になる。

 例えば、日産ではクラウド型人材マネジメントプラットフォーム「Workday」を導入し、グローバルレベルで人材情報を可視化し、部門間のコラボレーションを加速化させた。この仕組みを活用することで、日本国内・海外における関連会社35社に所属する人材の情報が一目で確認することが出来、グローバルレベルでのプロジェクトチームも組成・運営しやくすなっている。このような会社・部門を跨いだ人材情報の共有は、タレントマネジメントシステムのようなHR Techの活用無くして実現できない。

 次に、自動車OEM自体がカーシェアリングやライドシェアサービスのような新たなビジネスを自ら行うことにより、これまで獲得し得なかった多くのエンド・ユーザーのデータを獲得し、それらをどのように新たな事業機会へと生かしていくかが重要となる。つまりは、単純にデータを蓄積するだけでなく、顧客起点でのデータ統合及びアナリティクス機能の拡充が必要となる。

 これまで部分的に獲得してきたエンド・ユーザーの情報だけではなく、自動車の購入検討/購入・モビリティサービスの利用から、自動車の買い替え等に至るまで製造業の視点ではなく顧客起点でのカスタマー・ジャーニー全体のデータを整備・統合し、顧客に寄り添った新たなビジネスを更に生み出していく必要がある。自動車OEMが場合によっては、顧客データを生かし、広告事業や信用評価等の新たなビジネスを創出するポテンシャルも存在する。ただし、これらのデータ統合・活用は今後も自動車OEM単体のみで成し得るものではなく、他業種や他プラットフォーマー等との協調も必須になってくる。

 例えば、ドイツのVWでは、2010年代から、数々のデジタルに纏わる新組織を設立する中で、ドイツ・ミュンヘンに開設した「Data Lab」ではビッグデータ・アナリティクスや機械学習に特化した開発を行い、それらに基づいてドイツのヴォルフスブルクとベルリンにある「Ideation Hub」や「Digital Lab」でスタートアップの発掘・提携や新たなモビリティサービスの開発を行っている。自動車OEMにとって、今後更に膨大に蓄積されるデータをどう活用し、新たなサービス、ビジネスモデルを創出していくかは引き続き重要なテーマとなるだろう。

 最後に、カネに纏わるDXは極めてシンプルで新たなビジネスモデルに対応した会計等のERPシステムの刷新が急務であることである。これまでは、自動車を月間・年間の計画通りに生産し、販売店・ディーラーへの卸すことでの収益を得るタイミング・頻度や請求方法、与信管理等も長期に亘り確立されてきた。一方で、今後はOEM自体がカーシェアリングやライドシェアサービス、EVの電池交換サービスなどを自ら手掛けることにより、これまでとは異なる決済手段、決済者数、頻度等に対応する必要があり、ERPシステムのさらなる高度化は必然的なものとなるはずである。(Diagram A3.参照)

ヒト・モノ・カネ視点での変革の必要性、DX推進の方向性

3、CASEの本質的な意味合い

 多くの自動車OEMではCASE進展に伴い従来の会社の仕組み、情報システムを見直すことになるだろう。しかし、その取り組みが単にCASEを単なる新たな技術トレンドと捉えて局所的に強化・拡充するだけだとすれば、さらに複雑化するCASEのその先の変化へは対応できない。

 CASEによって新たなビジネスモデルが日々創出される今であるからこそ、これまでの自動車OEMの本質的な会社としての概念・仕組みを長期的視点で見据えて変える好機といえるのではないか。自動車業界全体として新たな概念・仕組みにいち早く対応する力を手に入れることができれば、産業としてのさらなる競争力をも高められるはずである。

 以上、自動車OEMに求められるもう一つのDXの推進にあたっては、どのような会社の仕組み・情報システムの将来像・あるべき姿をサステイナブルな形で描くかがカギとなる。ローランド・ベルガーでは、自動車業界への長きに亘るコンサルティング経験と近年ではあらゆる業界に対するDXプロジェクトの推進を通じ、今後に向けた最適なご提言ができることと確信している。

著者プロフィール

呉 昌志(Masashi Go)

ローランド・ベルガー プリンシパル

京都大学経営管理大学院修了。国内大手システムインテグレーターを経て現職。モビリティ/デジタル・IT分野を中心に、成長戦略、新規事業開発、海外市場参入戦略、BPRなど多様なコンサルティングサービスを展開。また、2016年より3年間、当社ソウルオフィスへのトランスファーを経験。


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