グローバルで普及が進む「マイクロモビリティ」。都市観光のみならず、地域住民の足としても利用価値が高いが、普及するには飛び越えるべき2つの溝がある。
2021年4月23日、電動キックボード開発や小型電動自転車のシェアリング事業を行うLuup(ループ、東京)が、電動キックボードのシェアリングサービスを開始した。経済産業省の「新事業特例制度」に基づく実証実験で、道路交通法区分は「原付」から「小型特殊自動車」へ(注)。最高時速が15キロに減速された一方、ヘルメットの着用は任意、自転車レーン走行も許可された。短距離かつ服を選ばず利用できる特性を生かし、利用状況や安全性を確認していく。車両走行の多い道路を自主的に走行禁止と設定。「LUUP」アプリ上の地図に表示し、迂回を促す。
(注) 小型特殊自動車に位置付けられるのは、実証試験に参加する事業者の機体のみ
グローバルで普及が進む「マイクロ(超小型)モビリティ」。国土交通省の定義は、「自動車よりコンパクトで小回りが利き、環境性能に優れ、地域の手軽な移動の足となる1人〜2人乗り程度の車両」。世界的には電動キックボードや電動自転車を指すことが多く、最高時速25キロ(15mph)、航続距離8キロ(5mile)。都市観光のみならず、地域住民の足としても利用価値が高い。
シェアリング電動キックボードで先行する米国。「LIME」を運営するNeutron Holdings、「BIRD」を運営するBird Rides、「SPIN」を運営するSpin(2018年11月にフォード(米)が買収)が市場を創出。Bird Rides(2017年9月創業)は、2018年6月のシリーズC調達で企業価値10億米ドルを突破。史上最速ユニコーン企業として名をはせた。
マイクロモビリティ市場の成長は速い。便利で安価な都市交通手段としての認知が浸透。シェアリング電動キックボードは欧米177都市で15万台、シェアリング自転車はグローバル2000万台(2020年3月時点)に達し、資金調達額は2018年だけで40億米ドルに及ぶ。グローバルのシェアリング電動キックボード市場は、7.5億米ドルから2025年には50〜150億米ドル(400億米ドルとの予測も)へ、シェアリング自転車市場は27〜40億米ドルから50〜100億米ドルへ急成長が見込まれる。2020年、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)影響も相まって、Neutron HoldingsやBird Ridesは大規模な構造改革を実行したが、公共衛生の担保が進めば再び成長軌道に戻る可能性は十分だ。
しかし、マイクロモビリティは社会適応のまだ初期段階。「公共性」と「収益性」の溝を飛び越えない限り、普及ステージ入りは見えない 。(図A1参照)
公共性の溝:今日のマイクロモビリティは、徒歩や公共交通手段の代替であることがほとんどで、私有車の削減、都市のサステナビリティに貢献できていない。都市側もまだ自動車中心思考から脱却できていない。
収益性の溝:収益性を度外視、サービス提供地域の拡大とユーザー獲得を優先する事業モデルは限界を迎えている。車両一台当たり収益や都市別収益への着目が進むも、補助金頼み体質の脱却は容易でない。
とはいえ、グローバルで先行するユースケースにキャズム越えの鍵が隠されていることも確かだ。
フローニンゲン(蘭)では、半数の市民が移動に自転車を選択している。これはオランダの平均25%のおおよそ倍。仕掛けは「交通循環計画」。市の中心を4象限に分割し、隣接する象限間の車両移動を制限。市内中心部の車両交通量は44%減少したが、訪問者数は減少せず、小売店舗の販売はむしろ増加した 。(図A2参照)
バルセロナの「スーパーブロック」モデルも同様。交通騒音の減少だけでなく、住民の健康増進にもつながっている。コペンハーゲン中心部から伸びるシェラン島自転車専用高速道路(2021年までに15ルート、総延長おおよそ200キロ開通)。総費用295百万ユーロに対し、765百万ユーロの社会便益を創出し、車両移動を100万トリップ削減した。
ベルリンの交通オペレーターBYGの提供アプリ「Jelbi」。全ての公共交通手段(電車、地下鉄、トラム、バス、フェリー)とシェアリングモビリティ間でシームレスな移動予約と決済が可能だ。シェアリングモビリティに接続するハブ(「Jelbiステーション」)は8つの中央メトロ駅に近接(2020年9月時点)。駅や路上の駐車スペースをマイクロモビリティ向け駐機・駐輪スペースに転換するなど、高接続性を担保する。シンガポールのMaaSアプリ「Zipstar」も同様だ。
パリでは、2018年6月の電動キックボード法制化以降、10社超が市場参入。2万台が道に溢れかえり、危険運転も横行。2019年後半、政府は電動キックボードの自転車レーン走行を制限、パリ市長はサービス企業を3社に絞り込む入札プロセスを発表した。評価基準は、環境配慮、安全性と保守、充電管理。Lime、Tier、Dotの3社に1社あたり5000台を上限とする2年間の運営許可が与えられた。サンフランシスコも同様。混乱を収拾すべく、安全性、サステナビリティ、障がい者対応などから成る10原則を制定。非充足企業はサービス提供が認められず、適格性認定に向けた努力が求められる。
これら3つの鍵は、サステナブルなスマートシティ実現の橋頭堡(ほ)となる。
田村誠一(Seiichi Tamura)
ローランド・ベルガー シニアパートナー
外資系コンサルティング会社において、各種戦略立案、及び、業界の枠を超えた新事業領域の創出と立上げを数多く手掛けた後、企業再生支援機構に転じ、自らの投融資先企業3社のハンズオン再生に取り組む。更に、JVCケンウッドの代表取締役副社長として、中期ビジョンの立案と遂行を主導、事業買収・売却を統括、日本電産の専務執行役員として、海外被買収事業のPMIと成長加速に取り組んだ後、ローランド・ベルガーに参画。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授