トラウマを知り、人間のしくみを知る。「発達性トラウマ」の理解が人と組織を大きく変えるITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(2/2 ページ)

» 2023年10月17日 07時02分 公開
[松弥々子ITmedia]
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 トラウマを負うことで、自己が失われた結果、過緊張といったいろいろな症状が発生する。個別の症状は、自己を統御できないために生じているともいえる。またさらに、トラウマは「対人関係の障害」をも生み出してしまう。対人関係は、社会的存在としての人間を成り立たせる根幹だが、自己の喪失、自律神経の機能不全、脳の失調のために対人関係がうまく築けなくなり、その障害により生きづらさから抜け出せなくなってしまう。

 トラウマとは何かをまとめると、「慢性的な(あるいは強い)ストレスやハラスメント」を受け、ハード面では「脳や自律神経の失調(ストレス障害)」が起き、ソフト面では「自己の喪失(ログインできない)」、ネットワーク面では「対人関係の障害」が起きるということになる。

 「ストレスのメカニズムから見ても、トラウマは身近なもので、誰もがトラウマを抱えているといっても過言ではありません。職場でメンタルヘルス管理や環境改善、チーム作りなどを行う際にはトラウマとは何かっということを理解する必要があるでしょう」(みき氏)

職場の改善に活かす 〜トラウマティックな環境から創造的な環境へ〜

 組織のマネジメント論を体系化した著書「マネジメント」で知られるオーストリア出身の経営学者、ピーター・ドラッカー。は、反“支配(トラウマ)”のための手段としてマネジメントを構想していた。もともとドラッカーがテーマとしていたのは、「反全体主義」「反支配」で、人が人を支配しないために、組織をうまく経営するための方法が必要だということで、彼のマネジメント論が生まれたといわれている。彼の著書をハラスメントやトラウマを理解して、改めて読み直すと、マネジメントで何を言わんとしていたかがよく分かる。

 しかし、ドラッカーの意に反して、職場の多くではハラスメントが横行し、トラウマティックな環境となっている。真に生産性、創造性が求められる時代にはその見直しが必要となる。

 誰もがトラウマを抱えるなかで職場環境を作り上げていくためには、それぞれがその人らしくいられる環境づくりが重要となる。人間は、誰もが不全感(=トラウマ)を抱えているが、環境に余裕があればその凸凹は目立たない。むしろ、特徴や持ち味として発揮される。余裕がなくなると、その凸凹が解消されず、不全感を解消しようとしてトラウマが再生産されていくこととなる。

 それぞれがその人らしくいられる環境づくりのためには、トラウマ・ハラスメント研究の知見を生かして、人間の脆弱性を理解すべきとなる。ソーシャルサポートの活用、意図的な予測可能性、弱音を吐くといった感情発散ができるか、コントロール可能性があるか、などトラウマ・ハラスメント研究を生かすことが必要だ。

 人間の脆弱性の中でも重視すべきは「安心・安全の重要性」で、これは、ビジネス学者のエイミー・C・エドモンドソンが提唱する「心理的安全性」とも共通している。従来のような打たれ強さが重視されるトラウマティックな職場から、感受性、創造性が重視される「弱みを見せることができる安心・安全な職場の風土」づくりが重要となる。

 「近年、ビジネスシーンで叫ばれている、パーパスやコンプライアンスの順守なども、脆弱性から職員を守るためであると捉えると、その本質がより、別の側面からも理解できると思います。これからは心理的安全性を感じられる愛着的な職場への転換が求められています」(みき氏)

 また、ハラスメントについて深く理解することも重要となる。トラウマの特徴の1つであるハラスメントを深く理解すると、創造性を発揮するための要件がさらによく分かるようになる。職場のコミュニケーションも劇的に良くなるため、良い職場づくりにはハラスメントについても理解を深めておく必要がある。

 トラウマやハラスメントについて知ることは、人間のしくみや人間らしさの要件の理解につながり、トラウマ研究が進んだことで、マネジメントが本来の形で機能する前提条件がそろってきた。真の意味で生産性、イノベーションの源泉となる職場づくりのためにも、トラウマやハラスメントを理解し、経営に生かすことが重要だといえるだろう。

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