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» 2016年02月25日 08時00分 公開

TPP/IoT時代を生き抜く「農業4.0」のすすめ視点(3/3 ページ)

Roland Berger
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4、「農業4.0」の可能性

 農林水産省「スマート農業の実現に向けた研究会」では、2014年3月、IoTを活用したスマート農業の将来像を取り纏めた。要約すると、ロボット技術を駆使とした農作業の超省力化、データ解析技術を梃子とした精密農業による収量・品質・効率向上、それらを複合的に実現することによる農業の形式知化、アシストスーツ等の導入に伴う農作業の負担軽減、生産・販売のデータ連携実現による食品の安全性提供、と幅広い内容が盛り込まれている。

 これらスマート農業化に向けた取組みにつき、筆者は技術的・法規制的な課題や実用性を過去検証を行ったが、現実解として次世代農業で考慮すべきは、精密農業とそれに基づく農作業の形式知化に尽きると確信している。

 クボタは、2014年、独自の営農支援サービスである「クボタスマートアグリシステム(KSAS)」を開始した。KSASでは、食味・収量測定機能搭載のコンバインで、圃場毎の食味・水分・収量データを収集し、そのデータに基づき、圃場毎に最適な施肥計画を立てることができる。KSAS対応トラクター・コンバインだけでなく、作業計画、機械診断、経営情報まで広範な関連データを収集・管理・分析できる機能を備え、結果、農家の経営改善に大きく寄与しうる。同社のフィジビリティスタディによると、品質を維持しながら、単位面積あたりの収量を15%向上させることが出来たという。同業もヤンマー・井関も類似サービスを2013年頃から開始しており、まさに、実益を生む精密農業を実現するためのパッケージが、誰でも簡単に手に入るようになった。

 また、2014〜15年にかけて、ソフトバンクグループの「e-Kakashi」、IT企業のセラクが展開する「みどりクラウド」のように、圃場の土壌水分や温湿度等をモニタリングする低価格のサービスの販売も開始された。部分的であっても手軽に精密農業を開始できる環境が整いつつある。

 精密農業の意義は、天候・日照・土壌といった自然的不確実性と経験知・作業習熟・ヒューマンエラー等の人為的不確実性を的確にマネージすることで、少ない投入量(ヒト・モノ・カネ) で、多くの産出量(収量×品質) を獲得することにある。このメカニズムを、センサー・ICT ・データ解析・制御それぞれの技術革新による性能向上とコスト低減が支え、経済的に成り立たたせる土壌を整えた。(図C参照)

 精密農業普及の土台が日本で整ったのは、ここ数年のことである。他方、米国では2000年代から精密農業の導入が本格化し、一説によると一部地域では60%程度の農家で実践されていると言われている。この差は、ひとえに営農規模の差であり、初期投資の大きな精密農業を実現するには、投資額を十分に回収できるだけの規模感が必須であったことを意味する。

 仮に、日本農業が農地集約によって大規模化しても、米国・豪州ほどの規模感を背景した高効率農業は実現困難だが、普及がこれからであるため費用対効果の優れた高性能機器・システムを活用しうること、既に単位面積あたりの生産性が高いことは、間違いなく追い風になる。高品質の作物を、最新鋭の技術を使って、省人化の下で、高い生産性を実現すれば、外圧に耐えながら、場合によっては輸出すらも狙える潜在力を「農業4.0」はサポートしてくれる。

5、「農業4.0」の本格化に向けた課題と事業機会

 「農業4.0」は確実に生産性向上に寄与する。使いこなすためのスキルセットも必要だが、それ以上に初期投資を回収しうるだけの規模がどうしても必要になる。前述の通り、日本政府も農地集約に舵を切ってはいるものの、北海道を除けば十年単位の時間を要しよう。それでは、すでに大規模化を実現している農家以外は、来たるTPP時代には到底間に合わない。

 主たる解決策は、(1)資本力ある企業の参入拡大、(2)非営利コントラクターの機能強化にあると筆者は考える。

 2009年の改正農地法施行により、企業の農業参入が条件付きながらも認められた。例えば、イオンは、イオン農場と称する、農作物のプライベートブランドを作り、安全・安心・新鮮な農作物を訴求している。農場から店頭までのバリューチェーンをつなげることで、低価格での提供も実現することを目指している。新潟市の国家戦略特別区域では、ローソンやセブン&アイなどが特区の特例を利用した特例農業法人を設立し、土地保有まで行いながら、大規模営農を試行し始めた。2015年、ローソンは5ヘクタールのコメ作りから着手し、2-3年後には100ヘクタール規模まで拡大する計画だという。

 このように、自らが営農者として大規模化を図り、高効率を試行する動き以外にも、民間企業には豊富な事業機会がある。IoTのインフラづくりと運用手法に係わるものだ。

 IoTインフラ整備では、クボタに代表される農機メーカーが優位なポジションにあることは自明だが、例えばトラクターの自動走行技術は自動車業界、精密農業に係わるビッグデータ解析技術はIT業界など、市場黎明期ゆえに異業種にも十分巻き返しのチャンスはある。自動車の自動運転においては、完成車メーカーだけではなく、Bosch、ContinentalといったサプライヤーやGoogleのようなIT企業が覇権争いをしているように、「農業4.0」の分野でも局地戦の勝負はまだ決まっていない。

 難点は、やはり法規制が民間企業にとっての事業機会を左右してしまうことだろう。新潟市の特区のように、民間企業が参入しやすい法整備を行い、大規模営農者が急速に増えなければ、関連サービスの市場拡大も自ずと緩やかになってしまう。だが、北海道市場は「農業4.0」市場が本格化するまでのテストケースとしては十分なポテンシャルがあり、ここで実績と知見を積み重ねておけば、特区での取組みが、農家を含めた地域社会にプラス効果を生み出すことがに実証され、全国規模への拡がりを見せた段階で大きな果実を得られるだろう。

 他方、あまり注目されていないのだが、機能強化したコントラクターを「農業4.0」の推進役と位置づける案も十分検討しうると筆者は考える。コントラクターとは、農機を使った農作業の請負業者であり、主にコンバインを用いた飼料収穫作業で活用されている。全国600弱のコントラクターが存在し、JAの事業として行われているケースも多い。結果、公益性の高い事業特性ゆえに、補助金無しには成り立ちづらい現実もある。

 だが、農家の高齢化に伴う外部作業委託の拡大、充実した顧客基盤による対象農地面積の広さ、高効率な欧米製大型農機を主体とした保有機械といった強みに、IoTのインフラと運用手法を注入すれば、農業経営者自体が営農面積の大型化を図らずとも「農業4.0」を実現できる。補助金頼りの側面は否定できないが、政府が戸別補償よりも効果的な税金の使い道として、非営利コントラクターへの支援を強化すれば、日本農業の競争力底上げと周辺サービスの産業育成を同時に実現することができるのではないだろうか。

6、むすび

 21世紀は農業の時代、冒頭で述べたように今世紀は食糧資源を如何に確保できるかが国力を左右する。TPPにより日本農業が壊滅的になるといった事態は絶対に避けなければならない。日本農業は生産性が低いと言われるが、単位面積あたりの付加価値は十分に高く、過度に悲観することはない。処方箋は明確であり、農地の大規模化とIoTを駆使した「農業4.0」の実践に尽き、先ずは、大規模化を民間企業に委ねる規制緩和を行うか、非営利コントラクター機能強化に資する補助金を増強するかが第一歩になると考える。

 勿論、それを待っていては民間企業は、中長期的な商機を失うことにもなり兼ねない。先行投資的な意味合いも含め、北海道などの大規模農家を相手に試行錯誤しながら、高付加価値・高効率を実現する日本版「農業4.0」を早急に確立することが肝要だ。新興国を見れば、まだ第二世代・第三世代の農業を行っている国が太宗を占めており、特にアジア諸国は日本と同じく営農面積が狭く、日本製農機が高く支持されている。「農業4.0」は日本のみならず、グローバルな拡がりも十分に期待できる有望領域だと確信している。

著者プロフィール

五十嵐雅之(Masayuki Igarashi)

ローランド・ベルガー プリンシパル

早稲田大学理工学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(経営学修士)。米国系ITコンサルティングファーム、国内系コンサルティング・ファーム、三菱商事株式会社を経て、ローランド・ベルガーに参画総合商社、産業機械、公的機関およびサービス業などを中心に、事業戦略立案、新規事業開発、事業計画・投資評価、マーケティング戦略立案・実行支援、組織構造改革などのプロジェクト経験を豊富に持つ。


著者プロフィール

佐藤大輔(Daisuke Sato)

ローランド・ベルガー プロジェクト マネージャー

慶応義塾大学理工学部を卒業後、大手監査法人にて公認会計士として会計監査、内部統制監査を多数経験した後、ローランド・ベルガーに参画。自動車、大手商社、ファンドなどを中心に、多数クライアントにおいて成長戦略立案、海外事業戦略立案、企業価値評価、コスト削減などのプロジェクト経験を有する。


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