デジタルによる「対話」の革新視点(4/4 ページ)

» 2016年08月25日 07時22分 公開
[長島 聡ITmedia]
Roland Berger
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3、「経営システム」から「人」への重心移動

 現代での勝者は、一つの勝利に甘んじず常にビジネスモデルを進化し続けスピード感が求められる。その実現には3つの要件が必要になる。

  • 変化への対応スピードを落とさない経営
  • 対応するための人的エネルギーの捻出
  • グローバルに通じるユニークネスへのこだわり

 この3つを実現することは一つの方向性に収斂される。「人」だ。

 通常、会社を構成する業務は明確に分解されており、個々人にそれぞれの役割が割り振られる。日本ではこうした役割分担の中でその遂行をもって評価するプロセス評価型の仕組みが形成されてきた。各々の業務を突き詰めることで新たな地平を見出し、個々のスキルは非常に高いレベルへと熟練していく。

 結果、会社全体が一つの精緻な「機械」となりアウトプットを効率的に生み出していく。このシステムは環境変化の少ない状況下ではすり合わせが迅速に進み最高のパフォーマンスを創出してきた。

 対して、転職が当たり前になっている欧米では労働環境の良さが優秀な人材を確保する上で必須条件だった。ここで言う労働環境の良さとは決してワークライフバランスのような概念のことだけではない。仕事そのもののやりがいや報酬の高さなども含めてのことだ。そこで一部のハイパフォーマーに対しては手取り足取りの業務分担はなされず、自由度の高いミッションでの割振りがなされ、厳格なミッション達成度に基づく成果評価が行われる。ハイパフォーマーによるトップダウン型マネジメントだ。

グローバル水準で見た日本の労働生産性

 ただでさえ、変化への絶え間ない対応を必要とする現在の環境下では、日本の経営システムは精緻であるが故に対応スピード・処理スピードで遅れを取ってしまう。(図C参照)変化が現場の個々人に充分共有されることがないまますり合わせをすすめざるえないからだ。

 もちろん「巨大な一つの機械」が全速で走り、変化していくためには、従業員の高い負荷が発生する。検討中に競合が打ち手を打ち、環境も変わる。対応するため全体の方向性を変えるなら、多大なプロセスを踏まえることが求められる。しかもその転換を終えた頃にはまた環境は変わり、再度の変更をしなくてはならない。それが延々と続く。従業員が発揮できるエネルギーにも限界がある。事業全体が見えない中で、個々人が現場ですり合わせを続けるのは極めて困難だ。

 欧米では特に事業全体への俯瞰力があり、事業全体を構想する一部の優秀な人材が会社を率いる。グローバルでの競争優位のステージは、最良マーケッターのデジタル技術者やカリスマ経営者といった「人」レベルに帰結をしている。

 日本もこのやり方が正しいのだろうか。日本にはスキルレベルの高い現場がある。ボトムアップで有機的に新しい価値を生み出すすり合わせの能力もある。現場の個々人が事業の俯瞰力を持つことさえできればユーザーの価値にベクトルをあわせた事業活動を効率的に無駄なく進められる。デジタルを活用した異次元の見える化が実現されれば、現場総部員のイノベーションが生み出せる

はずだ。密に従業員との対話の場を作る。事業環境や経営情報を週次で全社員で共有しても良い、定期的に従業員の考えるありたい姿を吸い上げても良い。但し、いずれにせよ一方的な共有で終わりにしてはいけない。

 競争力のある企業の根源的な価値は、これら従業員やユーザーとの「対話」とそこから生み出される「コト」へと移行しつつある。そしてその蓄積が真のロイヤルカスタマーを創出する。従業員満足度の高さは消費者満足度の高さと強い相関が見られる。それは所謂、主体者の移行だ。

 これまでは「企業」が主語(主たる視点)で、その「システム」が生み出す商品・店舗が成果物であった。それが、「ユーザーや従業員」が主語となり、その「個」が価値を受け取るための触媒となるプラットフォームを提供することが企業の役割となる。そしてその主人公である「個」を一つに擬似的集合体として纏め上げるものこそが「対話」だ。

 これまではこの「対話」が不十分にしか成立しなかった。しかしデジタル革新により、これが現実のものとなり、先進的なプレイヤーは既に動き出している。

 日本では少ないコミュニケーションで意図を言い当てる「あうん」の方がフィットする。しかし環境変化の速い現代では逐次状況は変化し、「対話」による多頻度コミュニケーションの方が価値を生みやすい。

 日本型の新たなコミュニケーションの形の構築に向けて、今から無形資産の構築に向けて投資を加速すべきだ。今、同じ売上でも、旧態然の販促コストに使用するか、それともステークホルダーとの関係醸成に使うか、その意味の差は非常に大きい。

著者プロフィール

長島聡(Satoshi Nagashima)

ローランド・ベルガー 代表取締役社長 シニアパートナー

工学博士。 早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手、ローランド・ベルガーに参画。

自動車、石油、化学、エネルギー、消費財などの製造業を中心として、グランドストラテジー、事業ロードマップ、チェンジマネジメント、現場のデジタル武装など数多くの プロジェクトを手がける。特に、近年はお客様起点の価値創出に注目して、日本企業の競争力・存在感を高めるための活動に従事。 自動車産業、インダストリー4.0/IoTをテーマとした講演・寄稿多数。

近著に「日本型インダストリー4.0」(日本経済新聞出版社)


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