大橋 過去の成功にとらわれすぎて変わりたくないと考える傾向が強いですね。企業が来期予算を考えるにしても、0から考えるのではなく、昨年対比数パーセントの成長などという考え方をしがちです。新しいことを議論できない。それが、日本の文化や社会が直面している壁だと思います。正しいと信じられる未来よりも、間違いを犯さないことを優先することが多いですね。
ガブリエル 守るべきものを守りながらも、未知の世界に飛び込んでいく覚悟も必要です。それと同時に、必要なのが多様性です。といっても、アメリカのような、人種や宗教の多様性に対する考え方をまねするのでは意味がありません。日本とは状況が違いすぎるからです。
大橋 そうですね、日本に必要なのは「考え方の多様性」だと思います。
ガブリエル その通りだと思います。日本は自分たちの国について、客観的に考えることが少なすぎるように感じます。日本はこのままで良いという考え方にとらわれているのです。異なる考え方の人や、日本を内と外の両側から見ることができる人を、もっと議論に取り込むべきです。
大橋 そうですね。どうすればそれを実現できるのでしょう。日本には「出る杭はうたれる」「赤信号、みんなで渡れば怖くない」といったことわざがあるほど、同質的・同調的です。1970〜90年代に日本が経験した高度成長期においては重要な文化だったかもしれませんが、いま現在の社会では足かせになっています。この状況をどう打破すればいいのでしょうか?
ガブリエル 先見性があり多様な考えを持つプロフェッショナルを、組織に組み込んでいったらどうでしょう。例えば、電動自転車を製造している会社で、みんなが「どうしたらより軽くできるだろうか」という問題に取り組んでいる時、ビジョナリーな人は「もっと移動に最適な乗り物がありそうだ」と言って、全く違うアイデアを提示してくるかもしれません。非常にクリエイティブな思考を会社に導入できますよね。そうすれば、社会や組織は変わっていきます。
大橋 なるほど。ただそういう人を見つけることは、特に日本では難しいように感じます。具体的にはどんな人なのでしょうか。
ガブリエル 私の考えるビジョナリーな人は、スティーブ・ジョブズのような人間ではありません。異なる視点から物事を見る人です。例えば、政治学者や社会学者といった人々がプロジェクトに加わることで、これまでとは全く違う視点で物事を考えられるかもしれません。
この対談自体も、何か新しい視点を得るために、哲学者である私と話すという機会をつくっているわけですよね。こういう機会を、日本の企業はもっと増やすべきです。プロフェッショナル同士が共通の目的として持っている「より良い社会を作る」という目的について多様な議論を重ねていくことで、イノベーティブなアイディアが生まれるのではないかと考えています。
大橋 日本人の多くは、まだ日本は大丈夫だと信じていて、他国から忘れ去られつつあることに気づいていません。手遅れになる前に、ビジョナリーな人々の声で目を覚ます必要があります。保守性と革新性のバランスも重要ですね。イノベーションが全て、ということではなく、そこから生まれたアイデアを持続可能なシステムにしていくことも同時に必要だと思います。
ガブリエル 本当の意味での革新のためには保守性は重要です。なぜならサステナビリティは保守的な観点から生まれるからです。米国で一般的に言われるイノベーティブな企業は、持続的に成長することが難しいと思います。これは守るべき倫理観がなく、ただイノベーティブな発想や技術だけで今を生きているからだと考えています。
一方、保守的な考えがまだ残っている日本はまだまだサステナブルに成長できる可能性を秘めていると思います。世界に向けて「日本には大きな伸びしろがある」というナラティブを発信し得るのです。保守的な国だったからこそ、これからもっと未来志向になって成長する余地があると。そうすれば、日本はまた他国のロールモデルになれるはずです。
大橋 過去に成し遂げた実績があるのだから、もう一度できるはずということですね。
ガブリエル そうです。かつての日本は未来志向でした。未来志向であることは、日本の伝統であり概念であるとも言えます。だからこそ、その未来志向の伝統に誇りをもつというナラティブが成立しうるのです。そうした強いナラティブが変化のためには必要とされています。
大橋 そうですね。ビジョナリーな人々との議論を深め、考え方や価値観の多様性を広げていくことで、また日本に未来志向を取り戻していけるのかもしれません。今日は、哲学や倫理の視点から、面白いディスカッションをありがとうございました。また今後もお話ししていきましょう。
ガブリエル ぜひ日本で、もっとこのような機会をつくってください。また日本かドイツでお会いしましょう!
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明治学院大学 経済学部准教授