製造業「+4D経営」のすすめ――製造業DXの重点領域と要諦(2/2 ページ)

» 2023年09月12日 07時07分 公開
Roland Berger
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 いきなりエンドユーザーに直販するというのは、商材によっては難しいし、現在の対面顧客である販路とのコンフリクトを考えては難しいだろう。であれば、むしろエンドユーザー向けのアプリ・サービスの使い勝手をよくして、エンドユーザー自らがつながりたいと考えるように仕向けるべきだ。もちろん、使い勝手をよくして、利用・支持を高めることは容易ではないが、ユーザーエクスペリエンス(UX)を入念に設計したうえで、優れたUIを有するアプリ・サービス開発に積極投資を行うべきだろう。

 その際、わが国企業が得意としてきた御用聞き型の営業スタイルは、意外に効果を発揮するかもしれない。デジタルの利便性は当然高いが、特にB2Bビジネスは乾いた関係だけでは、受注・事業の安定を欠く。デジタルのつながりと、御用聞き型のウェットなアナログ的な関係のハイブリッドを如何に実現するかが、成否を左右することになろう。

4、ダイナミック・プライシング

 わが国製造業は、コスト削減には絶えざる取組みを徹底させ、1円単位、場合によっては銭単位で取組みを行ってきた。反面、売価に対しては、そこまで徹底的に管理・統制しているケースが意外なほど少ない。同じ金額の収益を得るのに、乾いた雑巾を絞らないと捻出できないコストに着目するよりも、売価に焦点をあてたほうが早道だと再認識すべきではないだろうか。

 製造業クライアントと接していると、顧客は常に価格センシティブだ、品質は評価されたが価格が高くて失注した、といった声を頻繁に耳にする。もちろん、それは実態であり正しい理解だと思うも、時代は徐々に変わってきている。野村総合研究所が行っている「生活者1万人アンケート」結果の推移によると、価格感度の高い最終消費者でさえ、安さを重視する層は年々減少傾向にある。ましてや、昨今の円安やエネルギーコスト高騰により、否が応でも、値上げは避けられない。すなわち、長らく続いたデフレ時代の価格政策の常識を抜本的に見直すべき好機に来ていると捉えるべきだ。

 製造業でもダイナミック・プライシングの仕組みを本格導入すべきだというのが筆者の考えだ。ダイナミック・プライシングは、航空・ホテル・興行業界を中心に普及してきた。これら業界は、限界費用が極めて少なく、安くてもキャパシティを販売したほうが利がある点で共通性がある。その点では、製造業とは相違こそあれど、重い工場固定費を抱える状況を勘案すれば、限界利益が僅かでも出るのなら安くても受注し、逆に稼働に余裕がないのであれば無理な安値受注は行わないという指針として、ダイナミック・プライシング活用は是と捉えられる。加えて言えば、B2B製造業であれば、買い手は、他の買い手が幾らで購買しているかが分からないため、裏側で同仕組みを採用して、異なる価格提示をしていたとしても、それに気付かれる可能性は低い。同一顧客が異なる時期に発注した場合は問題が起きるのではないかといった懸念もあるが、そういった懸念を持つ顧客には、ダイナミック・プライシングに基づく価格で長期契約に誘導すれば良い。

 このようにダイナミック・プライシングは製造業にとっても導入の意義は大きい。ただ、足許で、B2C製造業ですら導入事例は僅かであり、開発・導入の難度は極めて高い。最新のデジタル技術・サービス活用は、そのハードルを下げることができよう。従来から、同仕組みを採用してきた日本航空でさえ、グローバル大手のクラウドサービス活用を行ったことで、値決めのアルゴリズムをゼロから作ることなく、結果、客単価向上を実現した。

 まだこれからの段階ではあるが、仮に開発に成功して、本格導入できれば、日本のルールを守る国民性は、愚直なまでにダイナミック・プライシングを浸透させることが出来るのではないだろうか。いまは、製造業の営業現場は、原価が見えない、生産稼働状況が見えない、顧客のLTVが見えないといったディスアドバンテージを抱え、適切な値決め・値引きが出来ていない。そのため、仕組みさえ実現できれば、その効果を刈り取る確度と時間軸は、想定以上に良い結果をもたらすだろう。

わが国製造業こそ「+4D」に軸足を置くべき

 本稿で紹介した「+4D」は、これから製造業の中期経営計画やDX等で中核となる概念に進化・深化していくと、筆者は確信している。更にいえば、それぞれ述べたように、この「+4D」は、インダストリー4.0などで遅れを取ったわが国製造業の巻き返しの狼煙にもなるのではないかと考えている。

 いずれも、現時点では取組事例が少なく、かつ実現のハードルが高いのが実態だが、いずれも適切かつ最新のデジタル技術を効果的に活用すれば、そのハードルは低くなると捉えてほしい。本稿の内容が、これからの製造業DXの羅針盤として検討の一助になればと願っている。

著者プロフィール

五十嵐雅之

ローランド・ベルガー パートナー/東京オフィス

早稲田大学理工学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(経営学修士)。米系ITコンサルティングファーム、国内系コンサルティングファーム、三菱商事を経て現職。

総合商社、産業機械、ハイテク、エンジニアリング、公的機関、サービス業等を中心に、事業戦略立案、新規事業開発、事業計画・投資評価、マーケティング戦略、組織構造改革等のプロジェクト経験を豊富に持つ。

異業種をつなぐことによる新たな価値創出・ビジネスモデル開発を志向したテーマに数多く従事。


著者プロフィール

染谷将人

ローランド・ベルガー プリンシパル/ 東京オフィス東京大学理学部物理学科卒業、同大学院理学系研究科物理学専攻修了。米系コンサルティングファームを経てローランド・ベルガーに参画。

産業財、エネルギー、化学・素材、メディア・エンターテインメント、IT、総合商社など幅広い業界・クライアントに対し、グローバル化戦略、M&A戦略、BDD / PMI、新規事業戦略、サステナビリティ戦略、組織改革など数多くのプロジェクトを手掛ける。

特に、業界横断でグローバライゼーション・クロスボーダーM&Aに係る支援実績が豊富であり、欧州・米州・中東・中国・韓国・東南アジアなど、さまざまな海外市場をテーマとしたグローバルプロジェクトの推進経験を多く有する。ローランド・ベルガーのグローバルネットワークと協働し、日系企業 / 日本発の製品・サービス・コンテンツのグローバルでの競争力を高めるべく日々奔走している。


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