「おしい!広島県」の作り方――戦略的広報とは何か?ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術

広島県が話題になっている。人任せではなく、現場が情報の伝え方を考え抜き、リーダーが決断。過去の慣習にとらわれずやればできる。

» 2013年03月28日 08時00分 公開
[樫野孝人,ITmedia]
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 3月1日にスタートした観光キャンペーン「おしい!広島県」。3月27日の東京での記者会見で爆発的な話題を呼び、首都圏のテレビ、新聞、ラジオ、ネットなどあらゆるメディアで取り上げられた露出の広告換算効果は、4日間で約3億円。YAHOO!映像トピックスアワード2012で芸能・エンタメ部門1位、総合部門4位の大ヒットとなりました。

「おしい!広島県」の作り方

 このヒットを生んだ要因は、アートディレクターを中心に観光課と広報課がじっくり企画を練り、プロポーザル時点で具体的なイメージができていたことだと思います。それをプロフェッショナルの広告代理店が肉付け、味付け、完成度を高めていったわけです。決して「丸投げ」では生まれてこない成果だったと思います。

 整理をすると、この作り方には5つのポイントがありました。

 1つめは、情報の広がり方がネットによって格段に上がる一方で、人々が取得できる情報量は社会に提供されている情報量の500分の1でしかないという事実です。つまり500個のうち499個は無造作に捨てられています。単に情報を出すのではなく、シェアされるような強いコンテンツを生み出さないと誰の目にも留まらないという事です。こうした社会の与件が変わってきているのを的確に捉え、少ない予算で大きな成果を生むべく、多くの人に「面白い!」と思ってもらえる強いコンテンツを作り、テレビのパブリシティを獲得し、それをネットでシェア拡散させていく、という方法論を選択したのです。

 2つめは、媒体選択より企画重視にこだわったことです。

 どうすればマスコミはこの企画を取り上げてくれるだろう? どういう現象が起きれば取材に来てくれるだろう? と考え、媒体買い付けなどは後回しという徹底した考えを持っていました。

 3つめは、その企画重視を実現するために、仕事のスキームを従来と真逆にしたことがあります。

 従来は県が広告代理店などに依頼し、そこから映像制作する会社に発注されるのですが、「おしい!広島県」については県がクリエィテイブディレクターを擁する映像制作会社に企画段階からお願いし、そこから広告代理店に企画の肉付けや媒体買い付けをお願いするという形を取りました。その理由は上で書いたように、情報をシェアさせるには強い企画中心で進めなければならず、それをできるだけ忠実に実行できるよう発注スキームを逆転させたわけです。

 4つめは、わたしがプロパーの公務員ではなく、外国人助っ人だったことです。失敗を恐れずにシュートを打ち、ダメなら責任を取る覚悟で臨んでいたため、正しいことは正しいと過去の慣習にとらわれずに正論を押し通せたのです。

 そして最後の5つめは、トップの腹のくくりです。湯崎知事だからこそできた企画だと思います。湯崎知事がこのセンスを分からなければ……。担当課が自虐コンテンツに腰を引いたら……。他の幹部が猛反対したら……。そこまでやって受けなければどうなるのかというリスクも含め、明確に「了」とした湯崎知事の決断力があったからこその成功だとわたしは思います。

 「おしい!広島県」は既に県民を巻き込んだ運動になってきており、波及効果も出てきています。そごうや東急ハンズが「おしい!フェア」を開催したり、旅行代理店が「おしい!ツアー」を売り出したり、地元の食堂まで「おしい!定食」を始めました。

 三原市は「おしい!三原タコ」の知名度を上げるため、明石市長とのタコ対決にご尽力いただいたばかりか、「たこのまち三原協議会」を新たに発足させました。安芸太田町は「おしい!安芸太田町」という乗っかりポスターを作成し、県との観光連携を深めています。

 2012年7月16日に東京・銀座にオープンした広島ブランドショップ「TAU(たう)」のPRとして企画した広島―東京900kmの自転車リレーには広島市長、尾道市長、三原市長が走者として参加しました。地域を活性化するという目的のために県と市が力を合わせる素晴らしい事例だと思います。

 更にワタミグループとタイアップした「おしい!広島カキ」フェアは、和民370店舗で焼きガキ、牡蠣鍋、カキフライをメニュー化してもらい、なんと65トンもの仕入れをしてもらいました。観光キャンペーンが地元水産業にも波及効果を出しているのです。しかも県の予算はゼロです。国会では予算論議が盛んですが、広島県では非予算事業(予算を使わずに事業を行い成果をあげる施策)でも大きな成果を残せるというモデルケースを作れたのではないかと思います。

 そして何より嬉しいのは、県庁に訪れる方々からの声です。「最近、県庁は元気ですね」「変わりましたね」「他県より職場がにぎやかで活気がありますね」……。成果を求めて挑戦していく湯崎スタイルが組織に浸透してきているのではないでしょうか。人がイキイキ働くきっかけになる、これが一番の効能だとわたしは思います。

 組織はトップ次第で大きく変わります。その構想力、腹のくくりり方、リスクの取り方、マネジメント力。そんな事例の数々を「おしい!広島県の作り方〜広島県庁の戦略的広報とは何か?〜」でまとめました。改革の根底にあるエッセンスを是非感じてください。

著者プロフィール:樫野孝人(かしのたかひと)

1963年生まれ。神戸大学経済学部卒業。

リクルート、福岡ドーム(現ヤフオクドーム)を経て2000年アイ・エム・ジェイの代表取締役社長に就任し株式上場。グループ会社IMJエンタテインメント(現C&Iエンタテインメント)では「NANA」「るろうに剣心」などのヒット映画を世に送り出した。2009年アイ・エム・ジェイを退任し、神戸市長選挙に立候補するも僅差で落選。現在、KissFM KOBE、オウケイウェイブ、プロテラスなどの社外取締役のほか、広島県チーフ・マーケティング・オフィサー、京都府非常勤参与として行政コンサルティングを手掛けている。

著書に「情熱革命」「無所属新人」「地域再生7つの視点」「おしい!広島県の作り方〜広島県庁の戦略的広報とは何か?〜」など。


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