わたしが初めてアップル社の携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」を買ったのは2009年の冬でした。iPodを買った動機は、それまでのデジタルオーディオプレーヤーはもう5年くらい使っていたので、そろそろコンパクトなものに買い替えようと思ったからでした。いろいろなデジタルオーディオプレーヤーをよく調べもせずに、いちばんの人気商品というだけで買ってしまったのですが、iPodで好きな音楽を聴いたときの衝撃は今でもよく覚えています。あまりにも音が悪すぎて、1曲しか聞く気になれなかったからです。
にもかかわらずiPodが市場を席巻しているということは、プレーヤーに良質な音を求めるわたしのような消費者はマイナーな存在となりつつある現実を示しているにほかなりません。わたしはこの時、日本でも若い人々を中心に高品質な商品を求める消費者が少なくなってしまったということを初めて実感しました。ましてや新興国の消費者は、日本人以上に高品質を求めないということも、そして消費者の好みは音だけでなく映像でも同じ傾向になるだろうということも容易に想像できました。わたしはこのiPodの経験を通して、「日本のデジタル家電の将来は、国内でも新興国でも厳しいだろう」と考えるようになりました。
このとき、家電メーカーの経営者は、消費者が「品質」よりも「価格」や「デザイン」「ブランド価値」などを重視する傾向に変わってしまったことに気付かなければならなかったのです。今にして思えばiPodの世界的な大成功を見て、消費者が本当に何を求めているのかを真剣に考える経営者がほとんどいなかったことが残念でなりません。こういった家電メーカーの失敗は、決して他人事ではありません。すべての経営者にとって大きな教訓となるはずです。
経済のグローバル化に伴う時代の変化には、すさまじいものがあります。伝統のある大企業であっても、経営判断を誤ればたちまち危機に陥ってしまうのです。「常日頃から鋭い危機管理能力を備え、会社全体で危機意識を共有しているか」「時代の変化に遅れず、スピードを持って対応できているか」これら2つの経営に関わる資質や判断が、企業の命運を大きく左右しているように思われます。かつて深刻な経営危機に陥ったインテルやIBMが大復活を遂げることができたのも、企業全体で危機意識を共有し、迅速にビジネスモデルの再構築に取り組んだからでした。
これから日本の企業は、競合相手の少ない市場に製品やサービスの提供を移しつつ、もっと高付加価値戦略(=ブランド戦略)を積極的に学ぶ必要があります。日本では多くの大手企業がこの戦略の重要性に気付いていたにもかかわらず、あまり力を入れてきませんでした。愚直に高品質な製品をつくることに精力を注ぐあまり、高付加価値戦略は後回しにされてきてしまったのです。
世界の市場では、各国の企業が事業モデルやブランド戦略で競い合っています。この競争に日本の大企業が相次いで敗北するようなことがあれば、国内の雇用と経済成長も大きく脅かされてしまいます。企業経営の大失敗が国の経済をも左右する今の時代にあっては、経営者には、大きな市場の流れを読み切って、素早く決断・実行できる資質がよりいっそう求められるようになってきています。
経営・金融のコンサルティング会社「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー兼エコノミストとして活動。企業・金融機関への助言・提案や富裕層の資産運用コンサルティングを行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・金融教育の普及に努めている。経済だけでなく、歴史や心理学など、幅広い視点から世界経済の動向を分析し、経済予測の正確さには定評がある。主な著書に『これから世界で起こること』(東洋経済新報社)、『2013年 大暴落後の日本経済』『経済予測脳で人生が変わる!』』(ダイヤモンド社)、『騙されないための世界経済入門』『サブプライム後の新世界経済』(フォレスト出版)、『お金の神様』(講談社)などがある。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授